医師が選んだ医事紛争事例 46 実損のない小脳出血等の見落としに関わる「道義的責任」と「賠償責任」  PDF

(40歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
ふらつきと嘔吐で内科を初診した。第一に胃腸疾患、第二に耳鼻科疾患、第三に脳神経疾患を疑ったが、診察の結果、急性胃腸炎と診断された。翌日に脳神経外科でテレビの音も気になる、眩しくて目が開けられないとの訴えがあったので精神安定剤を処方した。なお、CTは撮らなかった。ところが数週間後に別のA医療機関でCT検査の結果、小脳出血と診断されB医療機関へ紹介し、その医療機関に入院となり小脳出血、静脈性血管腫と診断された。
患者側は、当該医療機関に対して、小脳出血、静脈性血管腫の症状があることを見落とし、適切な医療を受ける期間を喪失したとして、証拠保全を申し立てた後にB医療機関と併せて、弁護士を介さずに調停を申し立てた。なお、患者に後遺障害は認められなかった。
医療機関側としては、以下の点から医療過誤を否定した。
①初診時の急性胃腸炎の診断は妥当であった。
②CT検査の適応は絶対でないので、検査をしなかったことが債務不履行とまでは言えない。
③CT検査を施行していれば血管腫が発見されたと推測されるが、発見されたとしても、その時点で手術は禁忌で、対症療法しかなかったので患者の予後に影響はない。
④当時、患者には神経症状があったと考えられるが小脳出血までは疑えない。
紛争発生から解決まで約1年3カ月間要した。
〈問題点〉
患者に対して、明らかに損害を与えたという過誤は認められなかった。時として、患者側は実損が認められなくても、精神的なショックを受けたことで、医療機関側に賠償を請求してくることがある。いわゆる精神的苦痛に対する慰謝料請求だが、医療機関側としては、道義的な責任を感じることは問題ないとしても、賠償責任に関しては、常に冷静に判断していかなければならない。異論もあるかもしれないが、賠償責任とは「心」の問題というよりは、あくまで法的な問題が大きいことを自覚願いたい。
〈結果〉
医療機関側が医療過誤を否定し続けた結果、調停は不調に終わり、その後、患者側の主張が一切なく、裁判にもならなかったので、事実上の立ち消え解決とした。

ページの先頭へ