裁判事例に学ぶ医療安全の向上に、応召義務違反に関わる今期分第2事例を紹介する。
1歳1カ月女児は、昭和54年11月22日午前9時頃N医院のN医師を受診した。2日前感冒気味で、翌日夕刻喉をならし、当日、顔面、口唇、指の末端に軽度のチアノーゼが認められた。喘鳴、軽度呼吸困難、頻脈もあり、気管支肺炎か肺炎を疑われ、K病院に紹介された。K病院のH小児科医師はベッド満床で入院できないとし、転送可能か否か救急車内の女児を2分間診察のうえ可能と診断した。11時17分に転医・搬送を再開させ、12時14分に転送先に到着して治療が開始されたが、同日午後3時に死亡した。
遺族は、ベッド満床での入院拒否は正当事由を欠く診療拒否で診療義務違反を根拠に3725万円を請求して提訴した。
裁判所は、医師法第19条1項における診療拒否が認められる場合は、原則として医師の不在または病気等により事実上診療が不可能な場合を指すとした。更に、1診療を求める患者の病状、2医師または病院の人的・物的能力、3代替医療施設の存否等、具体的事情によってはベッド満床も正当事由に当たると解し得るとした。
裁判所の判断では、1H医師は、診察により、女児は気管支肺炎で診察治療が必要で、1~2時間の搬送に耐えられても、その後の不幸な転帰の可能性も予見していたもので、2K病院では小児科医3人が勤務し、救急室か外来の空きベッドで診察および点滴などの応急の治療を行ない、退院・ベッド待ちも可能で、ベッド満床は正当事由に当たらず、3転送・収容は遠方で治療開始も遅れることとなり、K病院での早期の治療開始により救命可能性があったものと認めた。また、医師が正当事由を反証しない限り、医師の過失が推認され、民事責任が認められるとして、K病院開設者に2790万円の支払いを命じた(千葉地判昭61・7・25)。
参考に、応召義務違反ないし診療義務について、厚生省令から本件に関わる部分を挙げる。診療拒否の正当事由のある場合とは、「…医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる…」(昭和30・8・12、医収755)とされる。病院診療所の診療に関する件として、「1 患者に与えるべき必要にして十分な診療とは医学的にみて適正なものをいうのであって、入院を必要としないものまでも入院させる必要はない」とあるが、診療拒否の正当事由についての基準として、「22診療時間を制限している場合であっても、これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことはできない。5医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も、患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが、了承しないで依然診療を求めるときは、応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない」(昭和24・9・10医発752)がある。これらと比較しても、本件では、小児科の専門医3人の勤務がある診療時間内での救急受診であり、応急の措置などできるだけの範囲のことなく小児科病棟でのベッド満床を理由とする入院診療拒否では、正当事由とは解されぬとの厳しい判断が示されたものと考えられる。
(医療安全対策部会 宇田憲司)7
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