主張 病院勤務医は足りるのか? 実態からかけ離れた医師需給推計  PDF

医師不足や偏在が議論されている中、5月に厚労省・医療従事者の需給に関する検討会「医師需給分科会・中間とりまとめ」が発表された。将来臨床に従事する必要医師数を推計し、医師養成が毎年約9200人ずつ続くと、近々に医師不足は解消(中位推計では2025年)すると結論したものである。その推計方法は、必要医師数を入院と外来、一般・療養と精神病棟、病床機能区分等で細分化し医療需要を推計、また臨床に従事しない医師数も勘案している。これに対して医師側要件として週間労働時間の短縮見込みや女性・高齢医師0・8人前、研修医0・5人前等と重み付けして掛け合わせたものである。一見極めて精緻な推計のように見えるが、肝心の医療需要当たりの医師数は「現在の医療体制で医療サービスが概ね提供できている前提に立ち」とあり、この前提の妥当性は全く検討されていない。実は、ここにこそ大きな陥穽がある。
医療サービス提供側の病院医師の体制や労働実態はどうか? 同じく5月に発表された「全日本病院会」の「地域医療再生に関するアンケート調査報告書」では80%の病院、特に「郡部・町村」では93%の病院で勤務医が不足していると回答している。その実態の一端は、過労死認定基準となる月80時間以上時間外勤務の医師が10%以上いる病院が50%にのぼることで現れている。さらに、宿直では不眠不休で診療に当たらざるを得ない夜が多いにも拘らず宿直翌日の通常勤務が60%の病院、特に「郡部・町村」では80%の病院で常態化し、半日休みは18%、一日休みは3%の病院でしか保障されていない過酷なものである。奈良県総合医療センターの7次にわたる訴訟でも争われている宿日直問題は、結局病院の医師体制が弱いことに起因するもので、全国の殆どの病院で同様の事情を抱えている。「中間とりまとめ」はこのような労働基準法違反の医師勤務実態を黙認・放置した上でようやく成立する“充足”予測である。
これで良いハズはない。結論から言えば急性期病床での医師交代勤務制度確立および宿直翌日の1日休みを保障する医師数確保を組み込んだ勤務医体制の改革の上で臨床(病院勤務)に必要な医師数を推計し直す必要がある。2015年発表のOECD加盟29カ国医療統計で日本の臨床医師数は国民人口当たりOECD平均に比べ約11万人も少ない26位である。我が国の医療提供体制は世界標準から大きく立ち遅れている。その不十分さを医師の献身的努力で支えて「世界一の医療」を実現している。しかし、これには無理がある。医師需要の推計には労基法遵守の視点を盛り込むべきで、このような“新前提”の認識に立った医師需給議論の根本的やり直しが必要である。

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