3・11が日本の政治・社会に提起していること その1 東北地方の被害はなぜ深刻化したのか
東日本大震災と福島原発の事故が起こった3月11日は、今後ずっと「3.11」と呼ばれるでしょう。
私たちは、この日に起こった事態の意味を、そしてこの日を境にして起きる変化を、くり返し検討しつづける必要があります。この連載でも、これから数回にわたって、3.11で起こった事態とその後の政治・暮らしのゆくえについて検討したいと思います。
3.11では、大震災と原発事故の2つが同時に起こりました。福島原発の事故が徹頭徹尾人災であったのと比較すると、東北地方を襲った地震と津波は、未曾有の天災という側面を否定できません。しかし、その被害の独特の深刻さ、その復興にともない予想される困難は、明らかに人災、言いかえれば日本の政治構造の所産であると言えます。この点を解明すれば、私たちがめざす東北復興の方向も見えてきます。今回はその点を検討しましょう。
結論から言うと、東北地方は、自民党政権により強行されてきた地方構造改革により、大震災の前からすでに大きな打撃を受け、衰退を余儀なくされており、そこを大震災が直撃したために被害がいっそう深刻化しました。にもかかわらず、民主党政権も復興を、構造改革を加速化する方向でおこなおうとしているのです。
自民党政権のもとで展開された重化学産業大企業支援型の高度成長政策のもとで、すでに1960年代から農業や地場産業は停滞・淘汰を余儀なくされましたが、反面、地方は自民党政治の基盤でもあったため、政府は、高度成長により増加する財政資金を、ダム・高速道路・新幹線などの公共事業投資や補助金というかたちで撒布し、地方における支持基盤の確保を図りました。農業では経営が成り立たない農家や、企業からリストラされた人々は、地方に撒布された公共事業などの雇用を得ることで生活を維持するようになりました。
こうして、地方は一方では高度成長に不可欠な労働力の供給源となり、他方、利益誘導により衰退産業や企業から追い出された労働力を吸収する安全弁となって、日本社会の安定を支えたのです。田中角栄の新潟、竹下登の島根、そして小沢一郎の岩手における政治はこうした自民党利益誘導政治を象徴していました。
しかし、90年代に入って以降、日本企業の海外進出が本格化し、大企業の競争力をさらに強化することを求めて構造改革の政治が始まると、こうした利益誘導型政治も、大企業の競争力強化の 桎梏 となり、その削減が求められました。地方に対する財政撒布は、財政規模を肥大化し、大企業の負担に跳ね返ってくるからです。こうした地方構造改革を一気に押しすすめたのが、小泉政権の「三位一体改革」でした。地方交付税交付金の過酷な削減が強行され、投資の蛇口は閉められました。そのため地方は財政危機におちいり、その打開をめざして、医療・福祉が削減され、学校の統廃合、公務員のリストラも容赦なくすすめられました。並行して、地方財政削減の切り札として市町村合併が強行され、役所や公共施設の統廃合がすすめられたのです。
構造改革の結果、地方の衰退は一気に進行しました。2009年における民主党の大勝と、政権交代の大きな原因は、構造改革を強行した自公政権に愛想を尽かせた地方の人々が、構造改革の政治からの転換を求めて雪崩をうって民主党に票を集中したことにあったのです。ところが、財界の圧力と期待を背に受けた菅政権は、再び構造改革に復帰し、地域主権改革、消費税の引き上げ、さらに農産物の関税を即時に撤廃するTPP交渉参加などまで打ちだしました。
こうした構造改革政治のもとで、東北地方は、すでに震災前から深刻な停滞と危機にあり、中でも、医療や福祉の崩壊は深刻な状態にありました。釜石市を例にとってみましょう。釜石では、地方財政の危機の中で、公立病院の経営に市がお金を出すことが苦しくなり、2007年、釜石市にあった県立釜石病院と釜石市民病院の統合という口実で、250床をもつ市民病院の廃止が強行されたのです。釜石の救急・急性期医療は震災前から危機にあったところに、震災と津波が襲いました。
また市町村合併により、あるいは地方財政危機克服の名のもとで、地方自治体公務員の削減が強行され、防災・福祉・介護にたずさわる公務員の削減がすすみ、小中学校もどんどん廃校に追いやられていた、そこに震災が直撃したのです。医療・介護・雇用・教育の被害の悲惨と深刻は、こうした構造改革と震災の複合の所産にほかなりません。
では、こうした地方の破壊に対し、民主党政権は、その根源となる構造改革政治を止め、根本的に転換する方向での復興路線を提示しているでしょうか。まったく逆です。菅政権は震災前に打ちだしていた構造改革の路線をさらに徹底し、加速する方向で復興をおこなおうとしています。震災前から菅政権は、参院選で「ノー」と言われた消費税引き上げを強行するために、「社会保障の持続のためには、財源が必要だ」という口実を持ち出し、また、アメリカと財界の圧力を受けてTPPを強行しようとしましたが、構造改革への不信と不満が政権の支持率を低下させ、とうてい実現はおぼつかない状態でした。ところが、震災を機に、復興を口実にして一気にこれら懸案の突破を図る条件が生まれてきたのです。
政府の復興構想会議は、さかんに「復旧毅ではなく復興毅だ」と言っています。それは、震災を好機に、構造改革ですすめてきた大企業本位の地域づくりをもっと大規模に推進しようという意味にほかなりません。その証拠に、民主党の復興ビジョンチームは、これまで政府がおこなってきた、地方に構造改革を押しつける「地域主権改革」も、TPPも、その実行のための農林漁業のいっそうの淘汰・選別も、「先進的とり組みとして」推進することを訴えています。農業や漁業に「国際競争力」をもたせるため、これを好機に農地・漁業も集約化しろ、というのです。あれだけ被害をもたらしている原発についても「反省点・改善点を十分に検討・説明」する、つまり続行です。復興財源を口実とした「税制見直し」つまり消費税引き上げもちゃっかり提案しています。
逆に、構造改革を停止して市町村合併を再検討し、地域の農業・漁業、地場産業の復興、地域の医療・福祉・介護・教育の強化のために、まず自治体を再建拡充して公的就労を強化し、地元業者を中心に公共事業を企画し、地域循環型の経済と街づくりを、住民と市町村を基盤に構想すること。
これが3.11から私たちが学び実行しなければならない教訓です。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』6月号より転載(大月書店発行)