2012年度介護報酬改定に伴う関係省令の一部改正等への意見  PDF

 京都府保険医協会は2月24日、介護報酬改定に伴う関係省令の一部改正等に関して以下のパブリックコメントを厚生労働省老健局老人保健課に提出した。

2012年度介護報酬改定に伴う関係省令の一部改正等への意見

2012年2月24日 京都府保険医協会 副理事長 垣田さち子

 2012年度介護報酬改定に伴う関係省令の一部改正に関し、地域医療に従事する医師の立場から、意見を述べます。

  1. 介護保険制度がもたらす排除

     2000年の制度創設当初から、介護保障のあり方については次のように主張しています。「本来的な介護サービス給付は、年齢・状態像などを問わず、心身にハンディを持つ人であれば誰でも、その人に必要なサポートが、その人の求めに応じてフレキシブルに提供されなければならない。そして、医療の皆保険制度と同様に、必要なサービスは給付限度などを設けることなく現物給付され、『いつでも、だれでも、安心して』受けられる制度でなければならない。それこそが、社会保障としての介護保障であり、私達のめざしている方向である」。

     しかし、実際にスタートした介護保険制度は、以上のような現場医療者が思い描く「あり方」とは、ずいぶん違うものでした。そして、制度見直しが行われる毎に複雑さを増し、給付されるケアの内容が痩せ細ってきました。

     介護保険制度が創設され、サービス量が飛躍的に増加したのは確かです。サービスを受けることができた人たちやその家族に関しては、相応の役割を果たしてきたことも事実でしょう。

     しかし、必要があっても、誰もがサービスを受けられるわけではありません。介護保険制度はサービスが必要な人を排除する構造的欠陥を持っています。

     一つめは経済的事由による排除です。

     所得の低い人たちは、1割の利用料負担が障壁となり、必要なサービスを十分に受けることが出来ません。区分支給限度額に対するサービス利用割合は、約46%(平成22年度・京都府)に止まっていますが、理由の多くに1割の利用料負担が払えないという経済的な問題があると考えています。

     二つめが、要介護認定による排除です。

     本来、医療・福祉サービスを受ける必要性の可否は、本人や家族の希望、住環境も含めた家庭の状況、地域の状況、そして医師や自治体のケースワーカー等、専門職により判断されるべきです。にもかかわらず、一方的に保険者の側からサービスを受ける可能性を断つ、介護を求めても制度利用に到達できない仕組みが導入されているのです。

     三つめは、「契約」による排除です。

     介護保険制度創設でサービスを受ける人の「権利性」が担保されたという理解もあるようです。しかし、その「権利」とは「契約」に基づくものに過ぎません。商取引と同程度の「権利」です。「契約」は双方の合意によってのみ成り立ちますので、合意に至らない場合はサービスが開始されないという限界があります。また、高齢者はその心身の特性から、誰でも自分の意思と選択で契約を結べるわけではありません。成年後見人制度や権利擁護事業にアクセスできた高齢者は幸運と言うべきで、契約以前に申請さえできない方々も地域には多数存在しています。結局、契約できない人を排除してしまう制度なのです。

     四つめは、サービス内容の不備による排除です。

     たとえば、認知症の患者さんが、何とか申請・認定・契約に至ったとしても、現状の介護サービスではそのニーズに応えることができません。いま提供できるサービスの内容に合わない人たちも、選択するサービスがないまま結局利用することができずに制度から排除されてしまいます。

  2. ケア保障の考え方を完全に捨て去る「一体改革」の一環として

     以上のような排除の構造は、介護保険制度創設時に、それまでの措置制度が持っていた「国や自治体の義務として、高齢期のケアを保障する」という基本理念が失われたことに起因するものと考えます。一人も不幸な高齢者をつくらないという「老人保健」の立場に立った制度設計がなされず、結果として排除を容認する冷たい仕打ちを許してしまったのではないでしょうか。

     今改定の背景にある「社会保障・税一体改革」は、医療・介護分野のみならず、この「保障」の考え方をますます後退させるものです。

     財政再建と社会保障給付抑制を第一目標に、経済効率性の高い医療・介護サービスの提供体制が目指され(急性期病床への医療資源集中と地域包括ケアによる「在宅療養」の実現)、ケア保障の権利性は希薄になり、サービス内容も痩せたものにしていく。そして、削られたサービスの担い手を、地域の住民同士の「互助」「ボランティア」に委ねようとしています。

     少子高齢の住民構成が進む地域に、介護を担える「互助」「ボランティア」の人材など期待できるわけがないという、厳しい現実が進行しているというのに。

  3. 個別の改定内容についての意見

     今回の介護報酬改定は、医療から介護への流れを加速すると同時に、保険給付するケア内容を不十分にしてしまうものとなっています。効率性を追及するあまり、サービス提供自体が成り立たない、意味をなさなくなるとまで思えるようなものもあります。

     以下、主に問題と考える点を個別・具体的に述べます。

    1. 訪問介護における「生活援助」の短時間化

       「生活援助」は、「家事」「掃除」「洗濯」だけが目的ではありません。訪問介護員は、援助を通じ、対象者の心身の状態、生活状態に目を配り、さらに必要なサービスへつなげる役割を果たしています。同時に、対象者にとっても、訪問介護員は単なる家事代行者ではなく、話し相手であり、悩みごとの相談相手でもあります。双方向の関係づくりを通じ、日常生活を営むのに必要な最低限の条件を整えるサービスなのです。「限られた人材の効果的活用」も大事ですが、短縮される15分間はむだなものではありません。時間区分を60分から45分へ短縮することは、福祉サービスとしての訪問介護の役割を低下させます。医療提供の前提となる患者さんの生活基盤を確保するためにも援助を減らすことには反対です。

    2. 定期巡回・随時対応型訪問介護看護の創設

       訪問介護の短時間化からは、多くの事業者を新サービスである「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」へ誘導する意図を感じます。比較的高く設定された報酬から、新サービス普及への意欲が伝わります。24時間オンコールや定期巡回は必要ですが、複数回の短時間訪問だけで在宅療養は支えられません。最低限、従来型の訪問介護・看護の併給を認めていただきたいと思います。

       また、認知症の患者さんなど自らコールできない可能性の高い方々にとって、この仕組みは使いにくいこともご理解いただきたいと思います。

    3. 施設ケアの切り下げと「同一建物」に関する評価

       一方で元祖24時間・365日サービスの「施設サービス」は軒並み減額とされました。「地域包括ケア研究会報告書」(2010年3月)が「2025年の姿」として構想した、介護保険施設の「集合住宅化」への一歩と受け止めています。同時に、訪問系サービス・通所系サービスに設けられた「同一建物内」をキーワードにした減算には、高齢者はサービス付き高齢者住宅などに集まって暮らしてもらった方が介護提供には効率的という発想を感じずにいられません。どこで暮らすかは、本人と家族、地域の状態などから総合的に判断すべきことで、どこに住んでいようとも、同じように質の高いサービスが受けられるように保障していただきたいと思います。

    4. リハビリテーションの評価

       今改定の柱の一つである「在宅生活時の医療機能の強化」方針は、裏返せば従来からの方針である「医療から介護へ」の流れを加速させるものです。特に、通所リハビリテーションにおける短時間リハの重点的評価、「重度療養管理加算」創設による「手厚い医療が必要な利用者に対するリハビリテーションの提供」等、リハビリテーション関連の改定に顕著です。

       一方、診療報酬改定では要介護被保険者に対する維持期リハビリテーションの介護保険移行策が強化されました。「状態の改善が期待されない場合」は、医療保険ではなく介護保険の給付とする考えがあらためて示されました。

       区分支給限度額や要介護認定等、排除の仕組みを持つ介護保険制度では、リハビリテーション医療を充分に提供できないことは、これまでにも度々指摘しています。特に、介護保険制度では全てをケアマネジャーがケアプランに組まないと提供できません。

       リハビリテーション医療の必要度を医師でないケアマネが判断することになり、当然リハが優先されるべきケースでも、リハ提供ができずに現場の医師は大変困っています。

       医療である以上、医療専門職が診断に基づいて決定し、必要なだけ給付されるのが当然であり、今改定はその原則に逆行する内容と言えます。

    5. 看取り機能の強化

       看取り機能の強化も、医療から介護への方針具体化の方策です。訪問看護におけるターミナルケア加算の要件緩和、特定施設入居者生活介護への看取り加算創設、施設系サービスでの加算強化、定期巡回・随時対応型や複合型サービスも含めた地域密着型サービスに至るまで、看取り機能強化は答申全般にわたって散りばめられています。しかし、現実には自宅や施設で亡くなる方の割合は増えていません。在宅で死ねない理由は在宅療養が継続できない多くの要因があるからで、「病院で死なさない」ことだけを目的に在宅での看取りの報酬を高くしたところで解決するものではありません。高報酬の設定による政策誘導に違和感を覚えます。

    6. 「施設から在宅へ」―老人保健施設への「在宅復帰率」の導入

       介護老人保健施設へは、「在宅復帰率」や「ベッド回転率」等の指標が組み込まれました。多くの入所者を在宅介護へ移行させれば、高い報酬が算定できる仕組みです。しかし、特養をはじめ入所施設が不足している中で、老人保健施設は現実に即した入所機能を求められ、それなりの役割を担わされてきました。在宅療養の諸条件が整わないまま在宅へ帰すことなどできないのが現実です。無理な政策誘導による犠牲が心配されます。

  4. 本当に高齢・長寿を喜びあえる社会の実現を

     今、地域の実情はご近所の助け合い・支え合いが期待できる状況ではありません。地方自治体も、かつて保健所や福祉事務所が担ってきた地域を支える暖かな機能を失っています。頼みの地域包括支援センターは、介護・福祉等のあらゆる矛盾が漂着する場となり、その役割を十分に果たせる状況にはありません。

     私たち地域の医療者は、患者さんの生命と健康を守って日々奮闘しています。不況と増税のなかで、患者さん達の生活状況は困難さが増しています。その上に今回の改定で介護サービスの低下が起これば、患者さん、高齢者の生命維持にも支障を来すと心配します。

     今一度、指摘した改定の問題点について、ご再考下さるようお願い致します。

     社会保障とは、国と自治体を責任主体として、必要充足に保障されるべきものです。それをなし得ない仕組みはわが国にふさわしい制度と言えません。

     超高齢社会が進行する今、財政問題を出発点にした一体改革や、それにそった同時改定ではなく、本当に高齢・長寿を喜びあえる社会の実現に向けた政策・制度の実現を、心から求めます。

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