野田政権の発足――菅政権はなぜ倒れたのか、野田政権は何を期待されているのか  PDF

野田政権の発足――菅政権はなぜ倒れたのか、野田政権は何を期待されているのか

 5月末、「連載を始めて1年になるので、ここで終わりにしてほしい」と編集部の朝岡さんに言いました。理由はいくつもあります。
第1、なんといっても疲れたこと。大学の職場を定年退職して少しはまとまった時間がとれるし、毎月楽しんで原稿を書くなんて贅沢も味わおうかという甘いもくろみで連載を引き受けたものの、実際は一体何が暇になったかわからない多忙のため、締め切りを過ぎてからテーマを探す「地獄の日々」の連続でした。
第2は、この夏にかけて、とても大きな仕事を2つ同時に仕上げなければならなかったこと。その1つは、自民党政権以来続く構造改革政治に対抗する福祉国家型の構想づくり、特にその中核をなす社会保障の対抗構想をつくるという仕事です。私もその一員である「福祉国家と基本法研究会」がつくられたのが、民主党政権のできた直後の2009年10月でしたが、それから2年、あるべき社会保障の全体像とそれをつらぬく原則とその根拠を、「社会保障憲章」「社会保障基本法」というかたちで明らかにしようと頑張ってきました。その大詰めの作業が夏いっぱいかかり、9月末に『新たな福祉国家を展望する―社会保障基本法・社会保障憲章の提言』(旬報社)として世に出ました。
もう1つの大きな仕事は、私の高校時代以来の親友である安田浩君が癌に冒され、その最後の仕事として天皇制国家に関する論文をまとめて本にしようという試みをお手伝いしたこと。「夏まで」と言われた彼の命があるあいだに間に合わせようと、はしがきの口述、ゲラの校正と、これまたこの夏いっぱい追いかけられ、なんとか見本刷りだけは完成させました。本ができた翌日に彼が息をひきとるという綱渡りでした。それもいま『近代天皇制国家の歴史的位置』(大月書店)として店頭に並んでいます。こんなに悲しい本づくりは初めてでしたし、疲れが倍化しました。この2冊とも、読者のみなさんには、ぜひ手にとって読んでほしいと願っています。
本づくりが一段落して、ほっとしたのもつかの間、編集部からのうるさい催促が復活。気が弱く断ることが大の苦手の私は、みずから首を絞めるのを承知で再開するはめになりました。

 連載中断中の最大の事件は、なんといっても菅政権の退陣と野田政権の登場です。野田政権に何が期待されているのかを知るには、菅政権はなぜ崩壊したかを検討するのが鍵です。
菅政権の退陣は、じつは非常にめずらしいかたちでおこなわれました。菅政権には、国民が不信をつのらせただけでなく、財界・大マスコミなど、保守支配層が一致してその退陣を公然と求め、さらになんと与党の執行部までが菅を見限る中で退陣を余儀なくされたからです。
3.11以降、国民が菅政権に求めたことは、原発事故の収束と放射線被害の防止、大震災の被害の救済、復旧・復興でした。そのいずれにあっても、国の迅速な出動が不可避でした。ところが菅政権は、財界が強く求めていた構造改革に忠実に対応した結果、この期待を裏切ったのです。財界は、震災勃発直後から、震災復興を名目にした国の財政出動を牽制しました。財源も定かでないのに財政出動をおこなえば、財政赤字がさらに拡大し、法人税をはじめとする大企業負担の軽減が危うくなるからです。そこで政府は、震災の復旧・復興を被災市町村や県に丸投げしようとしました。
ところが地方自治体は、震災のはるか以前から、構造改革により財政赤字に苦しんでいたため、対処したくともできなかったのです。たとえば、がれきの処理。廃棄物処理法は、がれき処理の責任を市町村に求め、国の補助は2分の1を上限と定めていました。ところが被災市町村はとうてい2分の1の負担などできません。おまけに、市町村は今回の震災・津波で壊滅したところも少なくなかった。当然、廃棄物処理法を改正し、全額国庫補助、国の代行というかたちで国が全面出動すべきところ、菅政権は財政出動を渋った結果、がれき処理は遅れに遅れました。仮設住宅、復興住宅建設、被災市町村の高台移住、すべて同じ問題に直面したのです。こうして菅政権に対する国民の不信は高まりました。

 では、構造改革に忠実な菅政権は、なぜ保守支配層からも不信を買ったのか。皮肉なことに、菅政権が構造改革路線に忠実なあまり支持率が低下し、財界が切望した消費税引き上げ、TPP参加などの課題の達成はとうてい実現する力がなくなり、看板を変えることが求められたからです。菅政権は3.11後、国の財政出動はサボりながら、構造改革型復興の方針は東日本大震災復興構想会議の報告「復興への提言」としてまとめ、消費税引き上げ、法人税引き下げについては、「社会保障・税一体改革成案」というかたちで政府提案にまとめ、「2010年代半ばまでに段階的に消費税率を10%まで引き上げ」ることを明記しました。しかし、こんなことが菅政権ではとうていできないことは明らかでしたし、おまけに菅がいるかぎり、政府と自民党・公明党との協調はできません。こうして「菅辞めろ」コールが湧き起こったのです。
ですから野田政権は、国民と保守支配層全体の期待を一身に受けて登場した内閣と言えます。しかもこの2つの期待はまったく相反する方向をもっています。野田政権は、このうち、国民の期待はふり捨てて、保守支配層の切望する課題を口先だけでなく実行する 政権として登場したのです。
支配層が切望する課題をあらためて掲げると次の4つです。?社会保障と税の一体改革、とりわけ消費税引き上げの敢行、?TPP参加による自由貿易体制の推進、?原発再稼働と維持政策の再構築、?米軍普天間基地の辺野古移転と日米同盟強化。どんな政権でも実行の困難な課題ばかりで、どの課題も、国民の強い支持は得られそうもありません。ですから、これらを実行するには、民主党と自民党・公明党の協調体制、事実上の大連立で強行突破するしかないのです。野田政権が「ドジョウ内閣」と自称し、ひたすら低姿勢で政権をスタートさせたのは、この協調体制づくりこそ決め手だからです。新政権は、こうして、保守支配層の切望する課題の実現に向けて船出しました。

 こうした野田政権の発足に合わせ、この連載でも、次回から、その課題の一つひとつを検討することにしましょう。その際、少し趣向を変えて、政府や財界、あるいはイデオローグの語っている生の資料や言説を読むかたちで、彼らのねらいを探ってみようと思います。それは、読者のみなさんに、直接資料にあたって分析する力をつけてもらいたいからです。

クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』11月号より転載(大月書店発行)

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