談話/政府案・自民党案しか選択肢がないのは国民的不幸  PDF

談話/政府案・自民党案しか選択肢がないのは国民的不幸

2012年6月8日 京都府保険医協会 副理事長 垣田 さち子

 一体改革に関する自公の修正協議開始にあたり、京都府保険医協会は6月8日、自由民主党が5月29日に公表した「社会保障制度改革基本法案(仮称)骨子(案)」に関し、以下の談話を発表した。

 現在、政府与党・民主党と野党・自由民主党の間で、「消費税増税関連法案」を今国会で成立させるかどうかの駆け引きが行われている。そうした中、自由民主党が5月29日に公表した「社会保障制度改革基本法案(仮称)骨子(案)」(以下、自民党案)は、今後、消費税増税法案の採決で与野党が一致するかにかかわって焦点の一つとなる可能性もある。

 自民党案は、全体として政府の打ち出す改革案同様に、社会保障で幸せになれる国の実現への展望や未来を見出せるものではない。こと医療に関して言えば、重大な問題を抱えた提案と言わざるを得ない。

 以下、自民党案が示した改革内容を中心に、意見を述べる。

社会保障制度が「自助」を基本にしたものであってはならない

 自民党案は、「基本理念」において、社会保障の基本に「自らの生活を自ら又は家族相互の助け合いによって支える自助」を据える。一方で、政府案も「社会保障・税一体改革成案」等で、「自助・共助・公助」を基本とする考えを示しており、双方の考えに大きな違いはない。

 私たちは、「自分の力で何とかせよ」「無理な場合は家族に頼れ」「それでもだめな時だけは国が面倒をみてやる」という考え方自体が、社会保障本来のあり方から逸脱したものと考える。

 医療・社会福祉・年金等の社会保障制度は、この国に暮らすすべての人たちが、疾病や貧困の恐怖から解き放たれ、その人らしい「生き方」や「生活」の保障をめざすことのできる国の基礎を成すものであり、国家による公的保障が当然の前提である。

社会保険制度は「共助」のみで成り立つものではない

 「社会保険制度」をわが国の社会保障制度の基本とする見方についても、自民党案と政府案に違いはない。また、相互扶助や国民連帯を基本とした「共助」の仕組みと位置付けていることも共通した点である。

 しかし、社会保険制度は「助け合い」だけで成立すべきものではなく、「共助」と位置付けること自体が誤りである。

 わが国の社会保険制度の一つである医療保険制度は、「国民皆保険制度」と呼ばれる。

 それは、いつでも・どこでも・誰でもが保険証1枚で必要な医療を必要なだけ保障する仕組みであり、国民の財産である。

 その特徴は三つある。一つは、全国民に加入を義務付けていること。二つめに、全国一律の診療報酬制度で全国統一の給付が保障されていること。三つめに、患者さん個々の必要に応じて、必要な医療を100%保険給付していることである。

 もしも、社会保険制度が民間保険と同様に「共助」=助け合い制度のみで成り立つ制度と考えるならば、それら3原則を成り立たせてきた根拠は説明できない。社会保険が共助に過ぎないならば、保険料負担能力のない者への保険証非交付、居住する地域の財政力に応じた給付の差異、負担能力に応じて受けられる医療の範囲の差異が当然視されるだろう。しかし、わが国の国民皆保険制度はそのようなものではない。

 そこで重要なのが社会保険制度に対する「公費負担」の意義である。

 自民党案は国や自治体の公費負担をあたかも「社会保険料に係る国民の負担の適正化等のため」に存在するかのように描き出している。しかし、前述のとおり医療は国家が公的に保障するべきであり、社会保険制度はその具体策として採用されているのである。したがって、医療保険への公費負担は保険料負担抑制対策の費用などではなく、国の医療保障義務の体現である。

 同時に、企業の社会的責任に関しても付言しておきたい。従来、市町村国民健康保険を除く医療保険制度においては企業負担(雇用主負担)が制度化されている。これは、被用者の健康な生活を支える最低限の義務として大切なものである。社会保険を単なる共助と捉えてしまえば、企業負担の根拠すら曖昧になりかねない。さらに言えば、企業は社会の支えと恩恵の下でその事業を行い得ている。社会保障改革を語るのであれば、現行の社会保険制度における企業負担を超え、社会保障全般に対する企業の社会保障費用負担義務についても言及すべきである。

社会保障ニーズを「負担可能な範囲」に閉じ込めてはならない

 同時に自民党案は、医療保険における「療養の範囲の適正化」や介護保険の対象になる「保健医療サービス及び福祉サービスの範囲の適正化」を打ち出しているが、これも同根の問題である。元々、国家には社会保障ニーズを保障する義務がある。すなわち、財源がないことを理由に、いくら保険財政の持続可能性や保険料負担の軽減を根拠にしても、そのニーズを負担可能な枠組みにおしこめることを正当化することはできない。

 自公政権時から今日に至るまで、「制度の持続可能性」や「給付と負担の公平性」を合言葉に、先に述べた3原則は脅かされ、むしろ「負担なくして給付なし」の「保険主義強化」への逆行が進められてきた。政府案は、「医療・介護サービス提供体制改革」として、地域の医療や介護の提供システム自体の効率化・合理化による給付抑制を目指しているが、これも、自公政権時から追求されてきた手法に過ぎない。

社会保障で幸せになれる国の姿をめざして

 医療保障制度に関して、改革すべきなのは国民のニーズに応えようとすれば、国民自身の負担が重くなるシステムそのものである。すなわち、負担の有無や軽重に関係なく、誰しもが必要なニーズを満たす給付が受けられ、国民は自ら可能な範囲で負担すれば良い仕組みの実現こそが求められる。

 これは、政府案・自民党案が共通して持ち合わせていない視点であり、国民がその2案しか選択肢を与えられないとすれば、不幸と言わざるを得ない。

 私たちは、2007年に社会保障基本法案を打ち出して以来、社会保障制度で幸せになれる国の姿をめざす提言を重ねてきた。今回、自民党案では「社会保障制度改革国民会議」の設置が提案され、与野党の枠組みを超えた制度改革論議を呼びかけている。そうした状況であるからこそ、敢えて以上のような、「社会保障制度の在り方」について、私たちが考える「原理」にかかわっての談話を出させていただいた。

 今後、すべての政党が新自由主義改革路線と訣別し、「新しい福祉国家」を目指すことなしに、今日の国民の困難を取り除く社会保障制度を実現することはできない。

 その立場に立ち、京都府保険医協会は、今後も、国の構想する一つ一つの改革内容を細やかに吟味し、必要な改善を提言し続けていく所存である。

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