談話 医師管理・自由開業制見直しで皆保険は守れるか
2016年5月20日 京都府保険医協会 副理事長 渡邉賢治
国が自由開業制見直しを公式に表明
5月11日に開催された経済財政諮問会議で、塩崎恭久厚生労働大臣は「医師の診療科・勤務地の選択の自由を前提」とした従前の医師確保対策を転換し、「医師に対する規制を含めた地域偏在・診療科偏在の是正策」を年内にとりまとめる予定と報告した。これを私たちは国として「保険医定数制」導入や「自由開業制」見直しが公式に表明されたものと受け止めている。
繰り返し提案されてきたフリーアクセス制限と自由開業制見直し
国は「保険医定数制」を幾度も提案してきた。
1996年、厚生省(当時)の医療保険審議会は、「今後の国民医療と医療保険制度のあり方について」で、「国民医療費の伸びを国民所得の伸びの範囲内に止めることを目標」として、医療提供体制のあり方見直しを打ち出した。具体的には「病床数見直し」や「平均在院日数の短縮」、「保険医定年制」「保険医定数制」、診療報酬の包括化・定額化推進、「総額請負制」まで検討項目にあげていた。
それどころか、遡れば1949年、既に厚生省が「登録人頭払い式診療報酬支払方法調査費」を予算計上した記録がある。国は、国民皆保険体制を維持しつつ、医療費の増加に歯止めをかけるにはフリーアクセスと自由開業制の見直しが有効と早い段階から認識していたのである。
これらは医療者の抵抗もあって、急進的な実施が避けられてきた。
しかし、昨今になり、地域医療構想を使った病床数抑制と平均在院日数短縮、紹介状なしの大病院受診時の定額負担の導入、かかりつけ医以外を外来受診した場合の新たな定額負担導入等によるフリーアクセス制限は相当程度、具体化されてきた。今般、残る自由開業制見直しもいよいよ現実性を以て俎上に上がってきたことになる。
偏在解消へ向けた医療者の善意に乗じた厚労大臣提案
厚労大臣が医師に対する規制を公言するに至った背景には、「新専門医制度」や「地域医療構想」をめぐり、むしろ医療団体側から、自由開業制見直しや保険医定数制につながる提案が相次いでなされてきたことがある。もちろんこれらは、地域医療への影響や偏在解消のための発信であり、国民の医療を守るため、善意から自らに課す規制との側面を持っている。しかし、国はこれに乗じて、「医師に対する規制」の実現可能性を確信したのであろう。
偏在問題を生むのは自由開業制か
日本の国民皆保険制度では、自由開業制とフリーアクセス保障により、患者が自由に医療機関を選択し、医療側は自分を選んだ患者の治療に全力を尽くす。そこで生み出された相互の信頼関係が、時に町医者と呼ばれ、地域で生きる開業医の姿を育んできた。
一方、日本の至るところに医師がいない地域や必要な診療科がない地域があるのも事実である。行政はこうした状態を「医師・診療科偏在」と呼んでいる。これは、「いつでも・どこでも・誰でも」の理念が、現実には貫徹されていないことを表しており、一刻も早い解決が求められている。
だが、偏在問題を生み出しているのは自由開業制ではない。
日本の開業医は保険で良い医療を実践しつつ、自ら医業も営んでいる。現実問題として、医業が成り立つための基盤のない地域での医療提供は難しい。地域経済の疲弊、人口流出、限界集落の出現等は、歴代の経済政策がもたらした結果であり、自由開業制の是非とは無関係である。理屈から言えば、医業を営み得る地域への再生こそが、政治には求められるのである。
医業の犠牲を強いる政策は国民皆保険体制を破壊する
日本の医療は、開業医を中心とした医療者の献身に支えられて発展してきた。明治以来、医政の基礎に据えられた自由開業制もその特質を支える大切な要素のはずである。したがって、その転換は、開業医の在り方、患者さんに提供される医療の在り方の根本にかかる問題である。
自らの専門性に基づく診断・治療が保険給付でき、保険診療による収入によって医業が成立すること。それが保障されてこそ、地域の医師は保険医として存在し、皆保険体制の担い手であることができた。
専門医取得や開業地も含め、医師の自由を制限し、国の強い管理・介入の下でしか医業が成り立たない状況を生み出さすことは、国民皆保険体制を破壊する。
ましてや、現政権が自由開業制を否定し、医師に対する規制を強めればそれが偏在解消以上に、医療費抑制の手段となることは明らかである。
私たちは、これからも保険でよい医療と医業が実現される国民皆保険体制の担い手として、国による医師コントロールには徹底して抵抗し、立ち向かう。