診療中の疾病で死亡「異状の要件欠く」福島地裁、医師法21条で解釈

診療中の疾病で死亡「異状の要件欠く」福島地裁、医師法21条で解釈

 福島県立大野病院事件の判決公判で福島地裁(鈴木信行裁判長) は8月20日、被告の加藤克彦医師(40) が問われた医師法21条違反について、「診療中の患者が、当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも『異状』の要件を欠くというべき」との判断を示した。閉廷後に会見した被告弁護団の平岩敬一弁護士は「かなり踏み込んだ解釈をしている。今後の医師法21条の解釈に大きな影響を与えるだろう」と述べた。

 判決では、医師が癒着胎盤に対する過失のない措置を講じたものの、患者が失血死したと認めた上で、「患者の死亡は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果と言わざるを得ない」とし、「異状死」には該当しないとの判断を下した。

 医師法21条に基づいて警察に届け出る「異状死」の定義については、各学会などによるガイドラインが乱立し、医療界の中でも解釈をめぐる混乱が大きい。医師法21条違反が争われた代表的な医療過誤事件である東京都立広尾病院事件の最高裁判決では、点滴薬剤の取り違えという明白な過失による死亡だったとして、担当医らに有罪判決を下している。

 厚生労働省が示した「医療安全調査委員会設置法案(仮称) 大綱案」では、新たに創設する調査委に届け出た事例について、警察への届け出義務を除外するよう医師法21条を改正する内容が盛り込まれている。

 今回の公判で最大の争点となった胎盤剥離継続の是非については「剥離を完了させることが臨床上の標準的な医療措置と解するのが相当」との判断を示した。

 判決では「剥離を中止し、子宮摘出などに移行すべきだった」とする検察側の主張について、剥離中止によって出血多量による死亡を回避できた可能性は認めた。ただ、「刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、臨床医が当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない」とし、剥離を中止した臨床例が裁判過程で提示されなかったことを指摘。被告人の過失責任を訴えた検察側の主張を退けた。

●事件をめぐるこれまでの流れ

日付 できごと
2004/12/17  福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡
2005/3 福島県が医療事故調査委員会の「子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだために出血。剥離操作は十分な血液の到着を待って行うべきだった」とする報告書を公表
2006/2/18 福島県警富岡署が執刀医を業務上過失致死、医師法違反容疑で逮捕
2006/3/10 福島地検が執刀医を業務上過失致死、医師法違反の両罪で起訴
2007/1/26 福島地裁で第1回公判。被告人は無罪を主張。検察側は、子宮摘出に移行せず胎盤剥離を継続したことの過失を指摘
2007/4 厚生労働省の医療事故関連死の原因究明制度創設に向けた検討会が設置される
2007/10 厚労省が医療事故の調査権限を持つ第三者組織の設立を盛った第二次試案を公表
2008/3/21 論告求刑公判で検察側が禁固1年、罰金10万円を求刑
2008/4 厚労省が医師法21条改正などを盛った第三次試案を公表
2008/5/16 最終弁論で弁護側が無罪を主張し、結審
2008/6 厚労省が「医療安全調査委員会設置法案(仮称) 大綱案」を公表。民主党の死因究明制度の対案がまとまる
2008/8/20 福島地裁判決公判で、鈴木信行裁判長は無罪の判決を言い渡した
2008/8/27 「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」が、控訴しないよう求める要望書を保岡興治法務相に提出
2008/8/29 福島地検が控訴を断念すると発表
2008/9/4 無罪が確定

●無罪判決後の各団体の反応

日付 団体名 氏名 コメント・声明等の要旨
8/20 福島県病院局 茂田士郎病院事業管理者 2005年に医療ミスを認めた事故調査委員会の報告書について、「再発防止などを図るためにまとめたもので、法的な意味はない。今回の判決がより正しい」との認識を示した。
8/20 福島県 佐藤雄平知事 判決はさまざまな観点から行われた審理の結果。今後も医療体制の整備と医療の安全確保に努めたい。
8/20 福島地検 村上満男次席検事 当庁の主張が認められず残念。今後は判決内容を精査し、上級庁と協議の上、適切に対処したい。
8/20 厚生労働省 舛添要一大臣 「個々の司法判断について行政の長がコメントすることは差し控えたい」としながらも、「こういうことを踏まえた上で、これからの事故調査の在り方も含め、きちんと検討を進めていきたい」との意向を表明した。
8/20 日本産科婦人科学会 岡井崇常務理事(昭和大教授) 「(癒着胎盤が) 重篤な疾患で専門家の学術的議論が続いていることを十分に認識しないで、検察側が刑事事件に持ち込んでしまった。執刀医に刑事罰を科すことの重大さを理解していなかったのではないか」と、刑事事件として立件したことを厳しく批判した。
8/20 全日本病院協会 西澤寛俊会長 無罪判決は当然。逮捕・起訴自体が間違っており、裁判に至ったことは遺憾だ。今回の大野事件から刑事捜査は死因究明にはなり得ないことが明らかだ。真相究 明の組織づくりが必要だ。
8/20 日本病院会 山本修三会長 結果的に無罪となったことについては、医療関係者としてほっとしている。また、医師法21条の解釈としてここまで踏み込んだのは画 期的であり、逆に言えば、医師法21条を極めて素直に解釈していただいたと思う。
8/20 日本医師会 木下勝之常任理事 医療界が妥当であると考えていた判決だった。日医は今回の判決を契機に、現在議論されている新たな死因究明制度での原因究明と再発予防に向けた取り組みを 法制化し、医療の管理を今までのような刑事司法が行うのではなく、専門家集団である医師自らが行う仕組みの構築を目指していきたい。
今後、医師は医療事故の防止に努めるとともに、医療を受ける患者と真摯に向き合い、相互の理解に努め、医師・患者間の溝を埋めていくよう、一層の努力を払わねばならないと考える。
8/20 全国保険医団体連合会 住江憲勇会長 無罪判決に「心から敬意を表する」。医療事故の被害を速やかに救済するため、中立的な専門家らで構成する第三者機関の設立と、責任を明確にした無過失補償制度の創設をあらためて要請する。
8/21 警察庁 吉村博人長官 医師が人の生死を左右する決断をする上で、捜査が結果として消極的な方向に影響を与えてはならない、医療事故の刑事責任の追及は慎重かつ適切に対応していく必要がある。
8/21 福島県立医科大学 菊地臣一理事長 事件は医師1人の体制上の問題でもあり、執刀した医師1人の責任ではない。
8/26 日本医学会 高久史麿会長 「極めて妥当な結果である」とした声明を発表。
8/29 福島地検 村上満男次席検事 起訴自体は法律と証拠に基づいており、間違っていない。
8/29 法務省 保岡興治大臣 事件に関するコメントは控えると前置きした上で、「医療事故の刑事訴追は設置が検討されている医療安全調査委員会といった第三者委員会の専門的判断を尊重し、謙抑的に対応すべきだ」。
9/1 日本内科学会と内科関連13学会(日本内科学会、日本消化器病学会、日本肝臓学会、日本循環器学会、日本内分泌学会、日本糖尿病学会、日本腎臓学会、日本呼吸器学会、日本血液学会、日本神経学会、日本アレルギー学会、日本リウマチ学会、日本感染症学会、日本老年医学会) 福島地裁の無罪判決と福島地検による控訴断念について「極めて妥当な判断」と評価。司法の場でも臨床現場での専門的な判断が尊重され、医療現場での混乱の収拾に寄与することになるとの期待感を表明する声明を発表。

●大野病院事件の判決骨子

1. 被告の加藤克彦医師は無罪

2. 癒着胎盤と認識した以上は直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術に移行することが、本件当時の医学的準則と認めることはできない。具体的な危険性の高さを根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできない。したがって被告による胎盤剥離の継続は注意義務に反しない

3. 患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする過失なき診療行為でも避けられなかった結果と言わざるを得ず、医師法21条の異状死に該当しない

(8/21MEDIFAXより)

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