記者の視点(36)
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
科学研究の「再生」に必要なこと
古くさかのぼると、20世紀初頭に英国の弁護士が人類の祖先の化石を偽造したピルトダウン人事件がある。近年では、日本での旧石器の相次ぐ発見が考古学研究者の捏造だったことが2000年に暴露された。韓国でも05年、世界初のヒトクローンES細胞の作製が虚偽と判明した。
科学者の不正行為は国内外を問わず、昔からけっこう起きている。「ばれなければいい」という誘惑にかられるのだろう。しかも発覚しても、たいていは往生際が悪い。
日本では昨年、降圧薬バルサルタンの複数大学での臨床研究データ改ざん、東大分子細胞生物学研究所の論文の画像の大量捏造・改ざんが問題になった。今年も東大病院の白血病治療薬の臨床研究で製薬会社員の関与が発覚した。
そして理化学研究所と米ハーバード大による「STAP細胞」論文の真偽をめぐる騒動である。「かっぽう着のリケジョ」という彩りを添えて大々的に発表され、広範な国民が関心と期待を抱いただけに、反動は大きい。
日本の生命科学・医学の研究、そして科学者への信頼は、揺らいだというより一気に地に落ちてしまった。
STAP細胞自体も本当に存在するのか、かなり怪しくなってきた。植物細胞なら容易に全体を再生できるし、トカゲの尾やイモリの足なども再生するから、刺激によって細胞が初期化される可能性が全くないとは思わないが、「簡単にできる」という説明とは裏腹に、他の施設で再現できないのは不可解だ。
小保方晴子さん自身に再現実験をしてもらい、公平な専門家がチェックして白黒をつけるべきだろう。
マスメディアも困惑が大きい。トップ科学誌である『ネイチャー』に載った論文、それも一度はねられ、再挑戦して掲載された論文さえ信頼できないなら、報道はどうすればよいのか。自前のチェックはとても無理だろう。もしも虚偽論文なら『ネイチャー』で査読を担当した専門家までだまされたことになる。
もともと研究者の多くは業績を上げたいという競争心・功名心が強い。将来のポストは論文の数と掲載誌のレベルに左右される。近年は研究費の獲得競争も大きな要因だ。ばれていない不正行為はたくさんあるに違いない。
では、どうやって不正を防ぐのか。良心に訴えるだけでは難しい。煩雑な手続きや書類を課して研究者全般を締めつけるのも得策ではない。独創性のある研究の芽を摘み、科学の発展を妨げてしまう。
第1に必要なのは「一罰百戒」である。疑惑があれば第三者が主導して徹底調査し、厳しく処分することだ。
第2に、研究倫理の教育プログラムを確立する。
第3に、科学全般を対象にした研究倫理の担当機関を設け、強制調査権を与える。
第4に、企業による資金提供を全面的に透明化する。
第5に、不正の通報者を保護・報奨する制度をつくる。
ばれるリスク、研究者生命を断たれるリスクをはっきり認識すれば、簡単には不正に手を染めないだろう。