見つめ直そうWork Health(16)  PDF

見つめ直そうWork Health(16)

吉中 丈志(中京西部)

剖検番号1*2*

 1996年1月にFさんは橋出血のため亡くなった。1992年に二硫化炭素中毒症と認定されていた。前回紹介した熊本シンポジウムの感想はFさんの妻のものだ。剖検することができたのでその要約(布村眞季医師)を紹介しておく。
 主診断は、二硫化炭素中毒症(全身の動脈硬化、橋出血、多発性脳梗塞)である。剖検所見には橋出血による変化とともに以下の所見が記されている。「大脳の割面では皮質の委縮と側脳室の拡大がみられ、右被殻に古い軟化巣、内包下端部に新しい出血巣、いずれも1cm程度のものが見られ、固定標本ではさらに径5mmから15mm程度の小軟化巣が皮質を主体に広い範囲に認められる。組織学的には動脈硬化性の変化が脳全体にみられ、新旧の小軟化巣および小出血巣が散在する。脳底動脈には粥腫や石灰沈着を伴う硬化があり、クモ膜下の動脈や脳内の比較的大きな動脈(特に間脳)には内膜の線維性肥厚が強い。小脳から橋にかけての出血は新しいもので、周囲の組織は浮腫が強く壊死に陥っている。橋以下の脳幹および脊髄にも同様の血管の変化を認める」。
 心臓については、「組織学的には心外膜下の冠状動脈の変化が軽度であるのに比して、心筋線維内の比較的細い動脈の硬化が進んでいる」とある。一方、腎臓については「中小の動脈に硬化がみられるが、細動脈に著変は認められない」とされている。
 これらは『神経病理を学ぶ人のために』(平井朝雄著医学書院 1992年)の二硫化炭素の項にある「動脈硬化性変化の促進」という記載と合致している。
 二硫化炭素中毒症の症状についてはRanellettiがイタリアのレーヨン工場の労働者を観察し、acute psychosis 52%, anaemia and exhaustion 17%,plyneuritis 17%.(1933年)と報告していた。それを引き継いで、1954年にミラノの二つのレーヨン工場労働者の臨床症状と病理について報告したのがViglianiである。彼は、多発性神経炎やミオパチーだけでなく脳血管の動脈硬化が若年で惹起されることに注目した。剖検例の脳動脈硬化像とともに、低濃度の二硫化炭素ガスを420日間吸入させたラットの脳血管で動脈硬化の進展がみられることを示している(Vigliani,E.C.: CARBON DISULPHIDE POISONING IN VISCOSE RAYON FACTORIES.Br.J.Ind.Med.11:235-244)。それまでのニューロパチー・ミオパチー説に異議を唱えたわけだ。
 二硫化炭素が動脈硬化症を促進するかについては日本の熊本、京都の報告(臨床症状、CT、MRI、脳血流測定の所見など)でも裏付けられ、前記した病理の記載となったものと考えられる。国際的には2000年のChin-Chang Huang(台湾)らの報告(Chin-Chang Huang.:Carbon Disulfide Vasculopathy:A Small Vessel Disease Cerebrovasc Dis 2001;11:245-250)で決着を見たのであった。

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