見つめ直そうWork Health(13) 職業病の輸出  PDF

見つめ直そうWork Health(13) 職業病の輸出

吉中 丈志(中京西部)
 衆議院決算委員会(1993年2月)で寺前議員は「源進レーヨンという会社で、南朝鮮唯一の人絹製糸企業で、1966年より操業を開始、CS2中毒による労災認定患者が176人も出てくるということで、国会でも大問題になった。そして、それらの諸君たちが、認定をしないというので、それで亡くなった人を会社の入り口に置いて、そうして百数十日間にわたるところの、何で認定できないんだ、葬式もやれるかといって死体を置いて闘っている姿が新聞で報道されている」ことを明らかにした。源進レーヨンは韓国で唯一のレーヨン製造会社であり、70年代以降の韓国経済発展の一翼を担った会社である。そこで二硫化炭素中毒が起きているというのだ。
 続けて寺前議員は、「その工場の機械というのは、東レの滋賀工場から、日本の東レの方ではそれがもう使われなくなっていて、そして南朝鮮にその機械を持っていって、そこでそんな事件が生まれている。そのシンポジウムに参加した人(韓国の労働者:筆者注)が言っている」というが事実はどうかと尋ねている。韓国の二硫化炭素中毒は東レから同国へ渡ったレーヨン製造設備が原因だというのだ。
 これは以下の政府答弁で確認された。「東レ、これは当時の東洋レーヨンでございますけれども、東レが韓国の興韓化学繊維、これは今先生からお話がありました、現在源進というふうに呼んでおりますが、これとの間で1962年、昭和37年でございますけれども、12月に滋賀工場のビスコースレーヨン製造設備を売り渡す契約をいたしまして、試運転、それから技術指導ということを行いました後、1965年、昭和40年5月に先方の研修を終えまして引き渡しを完了したというふうに承知しております。この設備は1957年に設置しました新鋭設備でございまして、日量約15トンの生産能力を持つというふうに聞いております」。
 韓国で唯一のレーヨン会社であった源進レーヨンは、東レから3年がかりの技術援助を受けて製造設備を購入し、1965年から稼働させたのである。二硫化炭素ガスに対する濃度規制が不備なまま引き継がれたことは想像に難くない。この製造設備は1957年製の最新鋭設備であるという。東レがこの製造設備を売却した事情は何か、疑問が残る。
 「日本が海外へ進出していくとこういう問題はこれからもますます広がっていくのじゃないだろうか。お隣の南朝鮮にそういうものを売っていた、そこで労働災害がひどいことになってきている、こういう姿を見たときに、これからの海外へのプラント輸出のあり方について閣僚として考えなければならないというふうにお思いにならないだろうか」。寺前議員がこう投げかけると、村上労働大臣(当時)は次のように応じた。「今のこの韓国の問題につきましては、労働省といたしましても、東レが売却した設備に問題があったかどうか、この事実関係を把握するよう関係部局に指示したところでございますが、率直な意見を言えとおっしゃいますので、もしそうしたところに問題があるとするならば、これはやはり重大な問題だ、こう思います」と答えている。
 源進レーヨンでは1987年に4人の二硫化炭素中毒症の発生が明るみに出た。その後2000年までに1000人以上が認定される事態となり、韓国の職業病の歴史の中で一番大きな事件となった。これにより同社は1993年に廃業に追い込まれた。

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