見つめ直そう Work Health(11)日本産業衛生学会での報告
吉中 丈志(中京西部)
裁判が進行する中、私は青森で開催された第62回日本産業衛生学会(1989年)で「慢性二硫化炭素中毒症の脳MRI像」と題する報告をした。医学的なディスカッションを期待してのことである。以下にその要旨を紹介する。(産業医学 31巻、p695、1989)
慢性二硫化炭素中毒症は、長期にわたる二硫化炭素ガスへの暴露によってひきおこされる血管障害を基礎にして発症する疾患である。主としてビスコースレーヨンの紡糸工程でみられる職業起因性疾患であることが多く、U市の某レーヨン工場でも近年4人が業務起因性と認定されている。
私たちは同一の職歴をもち本症と診断しえた3例を経験したが、その脳病変のMRIについての検討は欧米を含めて現在までない。今回、3例の二硫化炭素中毒症の脳MRIを得たのでその特徴について報告する。
症例は全例男性で、年齢は各々52歳、48歳、47歳である。<中略>3例とも二硫化炭素性網膜症と脳血管障害を呈し、職歴は19年〜21年におよんでいた。<中略>脳血管障害の症状は、四肢の筋硬直、構音障害、記銘力障害、計算力低下がほぼ共通しており、歩行障害等の日常生活労作の困難が著しくみられた。発症年齢は40歳前後と比較的若く症状は緩徐な進行性であるが、脳梗塞で突然発症した例もあった。
これらの症例についてMRIをshortSE、longSEで得た。MRIの特徴は、びまん性の脳萎縮に加えて、shortSE像にて広範な脳室周囲の高信号領域が(periventricular high intensity:PVH)みられ、それ以外にも多数の小さな高信号領域(lacunae)が基底核や橋などに存在することである。
X線CTでは脳萎縮や脳室拡大は同様にみとめられたが、PVHにあたると思われる所見は側脳室前角の低吸収域としてより狭い範囲でしか認められず、lacunaeは検出できなかった。RIを用いた脳血流測定では、いずれの症例も全脳血流の有意な低下を示していた。
<中略>臨床所見・検査所見を提示する。脳動脈硬化症にもとづく脳梗塞症や動脈硬化性痴呆、動脈硬化性パーキンソニズムなどとよく一致しており、動脈硬化症の危険因子をほとんど認めることなく若年で発症している点に一般の動脈硬化症とはきわだった特徴をみせている。神原らは、42歳の二硫化炭素中毒症の剖検例の報告の中で、中、少、細動脈の動脈硬化症とlacunaeの存在を報告しているが、今回のMRI所見もこれらのこととよく一致していた。
以上より二硫化炭素中毒症は動脈硬化様血管病変を介して脳循環障害をもたらすことを示唆するとともに慢性二硫化炭素中毒症の脳MRI所見は本症の病態をX線CT以上によく表しているものと思われた。
報告後、工場保健会の先生方と意見交換した。被災者たちとの交流や激励を大切にしたが、被災者の診療と医学的な根拠の補強は医師にしかできないことであり、自分がやらねばならないという思いがあった。