裁判事例に学ぶ/医療事故防止(13)能書とガイドラインの相違から

裁判事例に学ぶ/医療事故防止(13)能書とガイドラインの相違から

薬剤の使用or不使用でジレンマに

 平成10年11月14日(土)午前10時30分頃、70歳女性が原付自転車を運転中に自動車と衝突し転倒した。近隣病院で頭部CT検査と処置をし、11時40分頃、三豊総合病院脳外科に転医された。診察時に、会話は可能で頭痛の訴えなく、神経学的所見に異常なくXP像で前頭骨の線状骨折が疑われた。CT像では右側頭部にくも膜下出血を認め、搬送中にも嘔吐があり、入院時に止血剤と制吐剤を混注した点滴と2時間毎のバイタルチェックが指示された。午後1時頃嘔吐と頭痛、3時30分頃強度の頭痛、4時20分頃と25分頃に嘔吐あり、4時50分頃呼吸が不規則で意識が悪化(JCS100)した。連絡を受け医師は5時23分までにCTを施行し、右側頭葉後部から頭頂葉に4×3・5×3cmの脳内出血と左方1cmの正中偏位を認め、手術適応と判断し、午後7時45分から開頭した。脳圧亢進所見を認めたのでマンニトールを投与し、硬膜下血腫を吸引除去後に脳表の陥凹を確認して閉創した。その後、名前・居場所等がいえ、経管栄養も開始されたが、発熱・悪化し、12月6日午前10時過ぎ急変して2時間後に死亡した。気管内から汚物が吸引され窒息死と推定された。

 遺族はマンニトールの投与遅滞などを訴え提訴した。医師は同薬剤の能書(医薬品添付文書)では再出血の可能性が否定されるまで使用禁忌とあると抗弁した。裁判所は、日本神経外傷学会『重症頭部外傷治療・管理のガイドライン』を参照し、高齢者重症頭部外傷ではtalk and deteriorate (die)を来たしやすく厳重な観察を要し、症状悪化時は治療成績上早期手術すべきと認定して、頭蓋内圧亢進症状の悪化が評価できた午後4時20分にはCT検査をして手術を判断して同時にマンニトールRを投与開始すべきであったとして、5563万円の賠償を命じた(高松高判平17・5・17)。また、能書は「製薬会社の製造物責任を果たすための注意書きで、これに従うか否かは医師の裁量権の範囲内で」比較衡量すべきとした。

 (1)7歳児に腰椎麻酔下で虫垂摘出時に能書記載の2分間毎の血圧測定をせずショックを見のがした低酸素脳症の事例で、「能書の注意事項に従わず使用して医療事故が発生した場合は、特段の合理的理由がない限り、医師の過失を推認する」とされた(最判平8・1・23、民集50(1)1、判時1571・57)。さらに、(2)精神病院入院中にフェノバールR投与でスティーブンス・ジョンソン(皮膚粘膜眼)症候群を併発した失明事例では、「副作用についての医療上の知見については、その最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務がある」とされ(最判平14・11・8、判時1809・30)、薬剤投与には、少なくとも最新の能書での知見が必要となる。

 本事例には、判例(1)(2)の判断基準が先行する。能書記載の適応・禁忌など注意事項に従った薬剤の使用時のみならず不使用でも、医療事故が発生した場合は、特に、禁忌での不使用時はさらに能書記載の禁忌事項への医学・医療上の不合理を見抜いて調べ直し、両者を比較衡量して特段の合理的理由を確認し直しておかねば、能書を信じて従う医師にも過失推認の危険が生じる。ジレンマである。

(同ニュース2008・5No. 98より、文責・宇田 憲司)

ページの先頭へ