裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(17)マムシ毒素も恐いが馬血清投与にも副作用

裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(17)

マムシ毒素も恐いが馬血清投与にも副作用、重症化例には適応検討を迅速に

 68歳女性は、昭和63年7月21日午後1時30分頃右手背をマムシに咬まれたと訴えて、救急車で2時ごろ鳥取市立病院を受診した。2個の刺創がありマムシ咬傷と診断され、3カ所切開して脱血し、セファランチン10?を注射し、同点滴静注が追加された。当初、腫脹は手関節に達せず(Grade?〜?)、3時頃前腕中央部に達し(Grade?)、5時過ぎ、牛乳を飲んで嘔吐し、腫脹は右肘を越え(Grade?)紫色で出血斑も認めた。副院長の助言により乾燥まむしウマ抗毒素を溶解して、更に10倍希釈した血清で皮内反応をみたが発赤19×21?と陽性で、投与を中止した。翌22日午前7時過ぎ、腫脹は右胸部に達し(Grade?)、白血球数、ヘマトクリット値、クレアチニン値が上昇し、尿潜血は多量で、DIC(播種性血管内凝固症候群)診断基準6点であった。24日朝、腫脹は右大腿・頚部・左上腕に達し全身状態はまだ良好とされたが、午後10時頃から急に増悪し、翌25日午前10時45分DICによる急性心不全で死亡した。

 遺族は、セファランチン投与のみで、血清不投与の医師の過失を根拠に提訴した(請求2884万円)。

 第1審では、受傷当日の午後8時頃にかけ重症化を窺わせる症状をみたが血清投与の可否を十分検討せず、現実に死亡の危機に直面する患者には副作用(血清病10%前後、アナフィラキシーショック0・1%以下から約5%)を恐れず躊躇なく投与すべきで、投与有効期限(受傷後約6時間まで)を逸し、不投与を過失と認め、2028万円の支払いを命じた(鳥取地判平6・3・22、判時1524・108)。

 控訴審では、治療薬としてセファランチンあるいは血清の単独投与があるが、前者のみで重症化あるいはそれが予測できる症状となれば血清の追加投与を要するが、過敏性試験で軽微とは言えない陽性反応を呈し、投与有効期限を経過するなど投与の効果が期待できない場合などは、不投与も許されるとした。軽微でない陽性反応で重症化は22日午前6時以降と認定して、医師の過失を否定し請求棄却した(広島高判平7・7・28、判時1549・65)。

 マムシ咬傷の局部は、2(1〜4)個の牙痕が残り、毒で腫脹・皮下出血し疼痛が強い。応急処置は毒の体内拡散防止で、安静にし、中枢部を軽く縛り、30〜40分頃までなら小切開、吸引・洗浄が有効である。筋腫脹でのコンパートメント症候には筋膜切開が要る。重症例では腫脹からhypovolemiaや、溶血や横紋筋融解症で腎障害を生じやすく十分な補液を要する。局所の腫脹(Grade?)が短時間で体幹に及ぶもの(Grade?)では重症例が多く、上記治療で受傷後6時間経過観察し、Grade?(肘・膝関節まで)以上では抗マムシ血清6000単位を点滴静注する(適応検討に躊躇禁物)。Grade?(手・足関節まで)以下は24時間までみる。馬血清製剤のため、エピネフリン、抗ヒスタミン剤、副腎皮質ステロイド剤、リンゲル液、血圧計などを準備し、過敏性試験し、過敏では除感作処置で行う(能書参照)。

 また、破傷風感染に備え、同抗毒素・トキソイドによる受動・能動免疫付与を要し、回復後は基礎免疫付与する(本紙2695号14参照)。

(文責・宇田憲司)

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