裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(16)高齢者は転倒・転倒傷害防止の困難にめげず若者時代の回帰に体力増進に励もう

裁判事例に学ぶ/医療事故の防止(16)

高齢者は転倒・転倒傷害防止の困難にめげず若者時代の回帰に体力増進に励もう

 87歳女性Aは、平成14年8月、脱水症で某病院に入院して翌日個室に移ったが、更にその翌日午前2時頃に幻覚や妄想の症状を生じ、車椅子に乗せられ看護師詰所に収容された。同日5時30分頃、F看護師が短時間の看視をN看護師に依頼の上ナースコールで詰所を1分ほど離れたところ、直後にAは車椅子から離れた位置で転倒して、右大腿骨頚部内側骨折を受傷した。12月内科的症状は改善したが翌年3月衰弱・死亡し、遺族は提訴した(請求662万円)。

 裁判所は、幻覚・妄想症状への対処は適正で、N看護師も患者から2〜3メートルくらいの右斜め方向で机に向かいパソコン入力作業をし、患者の方を向いてはいなかった。しかし、物音などには気付き得る位置で注意を払い患者の倒れた気配で事故に気付いてもおり、わずか1分程度の間に転倒事故が起こるとの予見は困難で、常時看視義務まではないとして棄却した(大阪高判平18・2・28 Osteoporosis Japan 16:555―557、2008、受任弁護士に判決文提供を深謝する)。

 84歳女性Bは診療所併設の通所リハに週2回通所し、平成14年2月トイレ内での介護中、看護師が付き添ってBのズボンの後ろを片手で握り、Bに手すりを持たせ、離さぬよう声かけして、トイレのドアを閉めようとした。そのとき、二人共に転倒して、Bは右大腿骨頚部骨折を受傷し、転医先病院で2日後手術を受け、その10日後下痢・脱水症状から血圧低下し、その3日後に心筋梗塞を併発して更に3日後に死亡した。1年後に遺族は提訴し、その7カ月後に和解(6桁後半円)した。

 高齢者には運動器の不安定状態が増加し、ロコモティブシンドロームと捉えられる。転倒・転倒傷害の予防・治療には、骨粗鬆症の薬物療法や骨折手術に加え、大腿骨近位部の骨量増加・大腿四頭筋など筋力強化・敏捷性向上などを期待して開眼片脚立ち・スクワットなど体操療法が広く推奨されている(NHKきょうの健康2009年4月号:50―61)。しかし、医療・介護施設においては日常診療を含め日常生活動作時に、転倒・転倒傷害防止を保証する介助への期待が大きく、裁判所を含め、施設側および職員に対して厳しい要求状態にある(京都医学会雑誌52(1):143―149、2005)。

 しかし、患者などにいわば「一瞬の内に」自発的行動から転倒が始まると、近傍に介助者がいてもその防止への有効な援助行動が困難なことが多い(日臨整誌32:1―5、2007)。また、RCT(無作為化臨床試験)の分析でも転倒・転倒傷害予防への有効性が証明された方法はまだない(S.Gates他:BMJ電子版、2007・12・18)。

 訴訟では原告・被告の主張は、専門医の鑑定意見や臨床研究の知見を証拠に判断される。一部の研究業績のみならず、文献的にもevidence-basedにどの程度まで予見・回避できるか否か、また特に現場の個別的な状況下ではどのように具体的に予見・回避が可能か否かを訴訟代理人等と協力して主張し、立証を尽くすことが必要となる。

(同ニュース2008・9?101より、文責・宇田 憲司)

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