裁判事例に学ぶ医療事故の防止(6)

裁判事例に学ぶ医療事故の防止(6)

意識消失・心肺停止には一次救命処置の迅速な開始を

 平成13年1月15日6歳女児は、全身発疹で京都府内の某病院を受診し、産婦人科医師68歳に蕁麻疹と診断され、「塩化カルシウム20ml」を「5分かけゆっくり静注」と指示された。看護師は診療録に記載して赤線で強調し、処置室に持参して申し送った。准看護師59歳は、薬局に行き「塩化カリウムって何ですか?」(記憶の混乱:lapses)と薬剤師に尋ね、「カリウムですか? カルシウムですか?」と聞き直され、再度「塩化カリウムです」と答え、「塩化カリウムであれば、コンクライトK(R)です」と教えられ、「コンクライトのことか」と納得した。

 コンクライトK(R)やコンクライトCa(R)の点滴静注の経験はあったが、希釈の要否を確認せずコンクライトK(R)を原液のまま静注した。女児は「うっ」とえずいて「痛いからやめて」と叫び、ぐったりした。約13ml注入されていた。女児は顔面蒼白で意識なく、かけつけた医師は、「何を注射したのか?」と尋ね、「カルシウム」との返答(虚偽またはlapses)を聞き、それならば一時的なショックで自然回復可能と評価し(CaCl2での重篤な副作用報告は極少ない)、腹部の辺りを押し上げハイムリック法を行い見守ったが、チアノーゼが進み、他の医師に応援を頼み、救急蘇生のうえ他の病院に転医したが、急性心停止による低酸素脳症から身体障害1級を後遺した。

 静注されたのは医師指示の2%CaCl220ml(7・2mEq)でも、コンクライトCa(R)(CaCl20・5モル20ml:5・5%)でもなく、コンクライトK(R)(KCl1モル20ml)と後に糾明された。

 刑事告訴され、元准看護師には業務上過失傷害罪で禁固8月の実刑が確定した。カリウムの心停止への危険性に無知だったための記憶の混乱と窺える。元医師(免許返上)には、蕁麻疹等には昭和61年以降は適応がない危険な薬剤を処方して指導・観察なく静注させ、急を要する事態にも拘らず人工呼吸・心マッサージ等を実施せず、低酸素脳症から身体障害を増悪させたとして、禁固10月(求刑1年6月)と判決された(大阪高判平18・2・2、メディファクスNo.4854)。民事訴訟では、病院を含め三者連帯して、2億4885万円(事故の日から年率5%の法定利息が更に追加)の支払いが命じられた(京都地判平17・7・12確定、判時1907・112)。

 意識消失、呼吸停止、心停止には、チェックの上、応援と通報を頼み、救助者と除細動器を持ちつつ迅速に心肺蘇生術を開始する。

 小児(8歳未満)の一次救命処置(basic life support)には、大声で叫び、A気道確保し、呼吸・脈拍を確認して、なければB人工呼吸2回(1回1秒)と、C胸骨圧迫を強く(深さ4〜5cm)1人でなら30回・2人でなら15回(毎分100回)とを2分間繰り返し、迅速に通報する。

 看護師等は静注を診療の補助として行い得るが、薬理作用を含め静注についての研修・教育の強化が求められる(医政発0930002、平14・9・30)。

(同ニュース2006・5No.87より、文責・宇田憲司)

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