裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(9)
宇田憲司
国民の医療を受ける権利を守るには 納得できぬ減点査定をはねかえし
訴外40歳男Aは、生活保護法に基づく医療扶助を受給し、1988年6月急性リンパ性白血病(ALL)で指定医療機関KHC病院Xに入院して寛解導入療法を受け、10月退院した。
89年5月24日再発、入院し、7月8日、急変して39℃に発熱し、尿量減少し、クレアチニン値(Cr)・尿素窒素値(BUN)が上昇し、急性腎不全となり、敗血症性ショックと診断され抗生物質治療とイノバンRで昇圧剤治療が開始され、同月10日麻痺性イレウスに胃チューブが挿入された。11日、Cr4・7?/(正常値0・6〜2・0)、BUN81・0(同10〜20)で、尿量低下し、人工腎臓を開始し、31日までに合計13回行った。12日、血清アンモニア値は144/(同36〜70)で、意識レベルの低下をみ、モニラックRが投与され、その後21〜55に安定化した。13日、消化管出血を来し、トロンビンおよびマーロックスRをチューブ注入し、シメチジンRが静注された。14日、プロトロンビン時間39・3秒(同12秒)、活性化部分トロンボプラスチン時間104・8秒(同33秒位)を示し、肝不全の治療として血漿交換療法が同日、15日、17日と計3回実施された。この頃より顔面・躯幹にヘルペス疹が認められ、抗ウイルス剤ゾビラックスRが塗布・点滴された。また、フィブリン・フィブリノーゲン分解産物(FDP)の上昇や血小板の減少から播種性血管内凝固症候群(DIC)と考えノイアートR、ヘパリンが使用された。Aは、10月20日寛解・退院した。
89年8月7日Xは、症状経過を添付して7月分64万1408点の診療報酬明細書(レセプト:傷病名欄に「肝不全(劇症肝炎)」、「腎不全」との記載あり)を社会保険診療報酬支払基金Y2に提出した。50万点以上のためY2は特別審査委員会で審査して11万4060点の減点査定を通知した。その内容は、血漿交換療法3回中2回分を「B:過剰と認められる」、人工腎臓13回中5回分を「B」、マーロックRの1日当り50を超える投与を「B」、トロンビンの6瓶超を「B」、モニラックRの最高量60中10を「B」、D−ソルビトールを「A:適応と認められない」、フロリードFRを「A」、第一ブドウ糖Rの透析液への付加を「A」と査定した。そこで、Xは再審査を申し出た。Y2は査定後の診療報酬額をXに仮払いし、9月1日K政令指定都市の市長Y1に審査結果とレセプトを提出し、同月18日Y1は、審査意見を検討の上、それと同額を診療報酬額と決定し、Y2に通知した。Y2はレセプトを取り寄せ直し、書面審査にて再審査し、10月30日、原審通りとの再診結果をXに通知した。
90年Xは、Y1に対して、107万3710円の支払い拒否は審査懈怠して判断を誤った違法によるとして、その取り消しを求め行政訴訟を提起し(甲事件)、Y2に対して、Y1からの委託事務で、正当な診療報酬を支払う義務があり、未払い分の上記同額を支払うよう提訴した(乙事件)。
第1審裁判所は、本件減点査定の決定は生活保護法第53条第1項によるY1の決定として了知し得る行政処分であり、Y2に請求できるものではないとした。腎不全については、血清Cr値や尿量や検査値が診療録などに具体的に記載されており、上記の資料を以て明らかにする機会を与えず審査資料を違法に限定して誤った減点査定(人工腎臓5回分)と認定し、他に格別の調査なくそのまま採用して違法に決定したY1に32万9400円の支払いを命じた(京都地判平7・2・3、判タ884号145頁、控訴:次号に続く)。