裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(8)  PDF

裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(8)

宇田憲司

健康の維持・増進に医療現場の工夫と裁量とを根拠づけ

 訴外1933(昭和8)年生男Aは、54年腎臓結核のため右腎摘出、左尿管皮膚瘻の手術を受け、以来腎不全が徐々に進行して数年前から透析治療を受けていた。それに伴い尿量が少なく自尿が出なくなり、尿管皮膚瘻からの感染症の危険が生じ、ほぼ毎日、同部の洗浄を行っていた。N医師は、88年ころからT病院の勤務医として、93年7月にX診療所を開設後も、Aの治療を担当した。T病院では、患部の洗浄に生理食塩水にペントシリンRを加えて行った(療養担当規則および「抗生物質の使用基準(昭和37年9月24日保発第42号、最終改正昭42保険発122)」に適合)。しかし、連用すると耐性菌の生じる危険性が高いと考え、セファメジンR(C剤と略す:同使用基準では静注用・筋注用のみ適合)に変更した。Aが社会保険の被保険者であった94年1月までと国民健康保険に変わってから同年5月までは、診療報酬請求が否定されなかった。しかし、6月分7月分が否定され、Nの説明により復点し容認されていたが、95年11月分以降について再び否定された。

 同年9月ころAは、自ら生理食塩水を購入してそれだけで洗浄を試みたが、出血・発熱し、CRP値が上昇し、中止した。また、97年1月9日から4月3日まで、同使用基準で洗浄が認められる硫酸ポリミキシンB散Rを使用したが、26〜28%あったヘマトクリット値が徐々に21・8%まで下がり中止して、再度C剤に変更し回復した経緯があり、Nは、Aの洗浄治療に必要と主張した。C剤は、連用しなければならない場合、注射で全身投与となると肝臓障害等の副作用が生じる危険があり、C剤での局所療法が臨床的にみてAに適合しており、他の治療法への変更は考えていないと述べた。

 そこで、97年、N管理の診療所Xは、95年11月に減点措置された生理食塩水(195点)およびC剤(1190点)の2日分計2770点2万7700円の支払いをY国民健康保険団体連合会に求め提訴した。

 Yは、1「抗生物質の使用基準」には法規に基づき定められた使用方法が例示列挙ではなく制限列挙されており、これに異なる場合は保険診療としての適合性がない、と主張・抗弁し、2医師の裁量により、厚生大臣が承認した効能効果、用法および用量を無視した施用をしても、保険診療としては一般的な医療水準に即した妥当適切な診療とは認め難いと、反論した。

 そこで、Xは、医学文献4点と、K大学外科夏期研修会参加医師にアンケート調査した27件の結果を証拠として提出した。

 裁判所は、使用基準の明文規定に厳格には一致しない許容範囲もあるので例示列挙か制限列挙かは言葉の問題にすぎず、使用基準と異なる用法で使用するには、その用法が必要不可欠である十分な根拠があって、予定の用法と同等の効果と副作用など実質的に同一であることの立証を要し、Aに不都合がなかったという個別的事情のみで他に検討なく、保険医療における報酬請求権の発生根拠となる療養の給付として適格とまで判断できないとした。また、提出された文献とアンケート調査結果からは、C剤の局所療法が医療水準として一般的なものとまで言えないとして、Xの請求を棄却した(京都地判平12・1・20、判例時報1730号68頁)。

 Xは控訴したが、C剤について請求を取り下げ、生理食塩水部分の請求が認められた(大阪高判平12・10・11、判決文X提供)。

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