裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(6)
宇田憲司
医療は心身の健康回復に法は人の幸せに
11983年12月14日、精神保健指定医Y(昭和41年卒)は自院Y診療所で、患者Xの同席なく、叔母の訴えを聞き「精神分裂病妄想型」と診断し、要請に基づきいわゆる水薬の処方を考え、Xの夫を来院させ投薬した。結果的に服薬はなかった。そこでXは、医師法第20条禁止の無診察医療による人格権の侵害を根拠に損害賠償1000万円をYに請求した。当時、精神保健指定医Aの精神病院に医療保護入院(精神保健法第33条第1項)させられたが、要件を欠く違法な入院として無診察医療との因果関係をも主張した。291年4月25日、千葉市保健所の「精神保健の相談」で嘱託医Yは、Xの診察なく夫のみの相談で、精神衛生日誌に、上記診断名と治療を要する旨を記載し、保健所長は削除せず、それらにより、7月29日に違法に入院させられたとも主張した。3同年6月22日および7月3日に千葉中央警察署より保健所へ自傷他害のおそれがある旨の通報(法第24条)があったにもかかわらず、指定医の診察(法第27条第1項)を受けささず、正常と診断され得る機会を喪失したと主張して、2を含め、慰謝料500万円の国家賠償を市に請求した。
裁判所は、Xが77年ころから、自宅に盗聴器や隠しカメラが取り付けられ行動が監視されていると確信し、81年ころからは、「グリコ・森永事件」の犯人らからの監視で、夫もその一味と考え、警察署に再三それらの除去を要請し、入院時まで継続しており、Y診断の傷病名に罹患と認定した。医師法第20条の主旨は、病識がないため、患者を受診さすことができず、やむなく家族のみで精神科医を訪れ助言を求め、医師が相談に乗って訴えを聞き、その内容から判断した予想される病名を相談者に告知することまで禁止したものではない、と認定した。また、本件での処方・投薬は、形式的には同条禁止の無診察治療で、説明と同意原則に反する非告知治療のようにみえる。しかし、病識のない精神病者に適切な治療を受けさせるための法的、制度的なシステムが十分に整っていない現状では、(ア)病識のない患者が治療を拒んでいる場合に、(イ)通院できるまでの一時的な処置として、(ウ)相当の臨床経験のある精神科医が家族などの訴えを十分に聞いて慎重に判断し、(エ)保護者的立場にあって信用のおける家族に副作用などについて十分説明した上で行われる場合に限っては、特段の事情がない限り、医師法第20条の禁止する行為の範囲に含まれないとして、Xの請求を棄却した(市への請求棄却理由は割愛)(千葉地判平12・6・30、判例時報1741号113頁、控訴平12・12・20棄却、上告平13・6・14棄却)。
診察とは問診・視診・触診・聴診・その他のいずれかで、現代医学から見て疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものをいい、初診および急性期の疾患に対しては原則として医師の直接の対面診療を要する(「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」の一部改正について:医政発第0331020号平15・3・31)。
例外的には、今般の震災の影響で遠隔診療によらなければ当面必要な診療が困難な被災地の患者には、患者側の要請に基づき、初診および急性期の疾患への遠隔診療の実施や、ファクシミリ送付の処方箋による調剤などを可とした(厚労省医政局医事課・医薬食品局総務課よりの事務連絡、平23・3・23)。