裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(5)  PDF

 裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(5)

宇田憲司

適正な医療の実施は医師の業務下で

 東京都新宿区で精神科・心療内科・内科等を標榜するT診療所をビル開業の当時37歳内科医Iは、患者A・Bに対して各々2007年4月4日および5月23日に自ら診察せず処方せんを交付したと摘発され、09年、医師法第20条違反により起訴された。処方せんは事務員が聴取した患者の現在の状態・カルテ・処方歴などをもとに、前回と同内容の処方を適切とIが判断した上で交付したと主張して罪状を否認したが、医師不在時の無診察処方が認定され、罰金50万円(同法第33条の2第1号)に処された(東京簡判平22・10・28、LLI/DB判例秘書)。

 当時、T診療所では、医師は被告人Iのみで、看護師・薬剤師などはいなかった。事務員は、総勢10〜13人で、毎日5〜7人が勤務し、窓口業務・電話の受け付け・レセコンの入力・カルテや処方せんの作成と交付・薬剤の在庫管理・レセプトの点検・診察補助・診察前に患者状況を聴取する予診などに従事した。診療は、午前11時から午後8時まで年中無休で、来院数は1日160〜180人、200人を超えるときもあった。?医師は、初診の患者と診察を希望する再来患者には対面診察を行い、薬剤のみ希望の再来では事務員が症状を尋ねて記入し、処方せんを交付するよう指示・伝達していた。また、医師が出勤しない日をカウンセリングの日と呼び、初診と診察希望の予約は取らず、薬剤のみの希望患者には処方せんを交付した。

 患者Aは、うつ病と診断され島根県の某診療所に半年間通院していた。塩酸メチルフェニデート(リタリン:R剤と略す)と抗うつ剤の処方を受けたが、耐性が生じて2週間分を1週間で服用し、医師から依存症の危険性がありそれ以上は処方できないと言われた。服薬で精神状態が安定し、仕事もできるので、インターネットで「うつ病の人にはR剤を処方します」を見つけ、上京して06年11月27日初診時の診察を10分ほど受け、R剤を含め同種の薬剤がその日の内に処方された。07年9月まで更に25回処方されたが、5月14日にR剤を4錠に増量した時のみ医師の診察があり、15回位は宅急便で処方せんが送付された。診察を希望せぬ場合、事前の電話で職員に「同じ薬剤でよろしいか、体調はどうですか」など尋ねられるが、具体的な内容ではなく、指示も月変わりでの保険証のファクス送信程度であった。

 患者Bは、倦怠感と眠気で悩み、半年間通院した近医では1週間分毎の処方で、薬に頼るなと言われ、インターネットでT診療所を見つけ、06年9月19日初診日と再診2回では、約10分ずつ診察を受けR剤などが希望通り処方されたが、他に07年6月まで17回の処方では診察はなかった。

 R剤は、カフェインとアンフェタミンやメタンフェタミンとの中間的な覚醒作用を有し、習慣性・依存性が生じやすく、その頃T診療所は処方量が国内最多で、家族からの苦情などもあり、都や区保健所の指導も頻回に行われた。この事件を契機に07年10月から、適応症(効能・効果)には、以前の難治性うつ病や遷延性うつ病が外され、ナルコレプシー等のみとなった。その後、処方・調剤は、登録された医師・医療機関・管理薬剤師のいる薬局に限定された。

 治療・検査など医療上の措置は、医師の業務下になされる必要がある。

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