裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(4)
納得いかぬ行政処分は権利回復に提訴して
本件の原告となる歯科医師(昭和40年生)Xは、1990年6月に保険医の登録を受けたが、97年10月に取り消されて、2年後に再登録を受けた経緯がある。
04年8月から半年間、また05年10月から06年12月まで、三重県の歯科診療所Aで5人の歯科医師・保険医の1人として勤務した(固定給等手取り月105万円)。同医師Xは、診療所での保険請求に問題を感じ、改善するよう院長に進言したが改善されなかった。自分の名前でレセプトコンピュータに入力して記載された書類もあったので、Aや他の保険医が行政処分を受けた場合、自分にもその危険が及ばぬか、以前に登録を取消された経験から心配になり、06年10月2日に三重県社会保険事務局に電話でその旨情報提供して、相談した。その後、XはAを退職し、07年1月5日神奈川県で保険医登録を受け、同地の歯科診療所Bに就職した。
三重県では、07年2月19日から3月9日にかけ計5日間Aおよび保険医に対して監査が実施された。その結果、Aに保険医療機関の指定取消、保険医3人(X含む)に登録取消、1人に戒告の処分があった。
Xについては、上記期間中に2日間の監査があり、5月11日原告代理人弁護士も出席して聴聞があり、(ア)付増請求8人8件、(イ)振替請求2人3件、(ウ)二重請求および上記ア〜ウに関わる不実記載が指摘されたが、一部入力誤りの過失はあるが他に故意の不実記載なく、固定給等なので不正請求の必要なく、他の者が入力した可能性も否定できない等と説明・抗弁し、同月14日横浜地裁に(a)処分の差止めを求めて提訴し、(b)仮差止めを申し立てたが、同月16日付けで上記の不正・不当請求を故意または重大な過失によりしばしば行ったとして保険医登録が取り消された。
そこで同月31日Xは、(a)を取消請求訴訟に変更申立てし、 (b)を取り下げて効力の執行停止を申し立てた。横浜地裁は却下したが、その抗告審では執行停止が認められた(東京高決平19・12・27:決定文×提供)。
(a)取消請求訴訟では、本コンピュータおよびソフトウェアには使用上のパスワードの設定がなく、受付端末および診療室端末の両方から誰でも入力でき、修正・訂正時に入力者・入力日時を特定・記録する機能はなく、出力された本件診療録には、原告の署名または押印はなかったこと、また、外来診療窓口で受領した一部負担金が記載された現金出納帳上の額と入力された診療録上の額との比較などから、不実記載はX以外の者が入力記載した可能性もあるとして、Xが故意に行った証拠がない等と認定され、処分は違法と判断され取り消された(横浜地判平22・4・14、確定:判決文X提供)。
そこで、Xは、処分行政庁の違法な取消による収入減少612万余円、信用棄損への慰謝料500万円、弁護士料460万円、計1572万余円の国家賠償を求めて提訴した。裁判所は処分行政庁が通常尽くすべき職務上の注意義務に違反して漫然と処分を行った国家賠償法上の違法を認め、国に1132万余円(収入減少は全額認定)の支払いを命じた(東京地判平24・1・10、確定、判例時報2151号43頁)。