裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(3)
宇田 憲司
保険診療には健康保険法や療担規則を研鑽して
2002年4月頃、匿名の薬剤師から「X医師の整形外科医院の待合室に、特定の保険薬局の職員が患者に薬剤を配達に来る」と沖縄社会保険事務局に電話があった。レセプト点検と戸別訪問で患者調査され、翌年1月の個別指導で不正ないし著しい不当が疑われ、1時間後に監査に移行した。保険医療機関及び保険医療養担当規則(「療担規則」と略す)への違反は、(1)当日事前に医師の診察なく理学療法を実施して(同第20条違反)、再診料請求は不正請求に当たる、(2)理学療法の実施時間の記載なく、指摘後の追記は診療録の改ざんとなる、(3)いぼ焼灼法を皮膚皮下腫瘍摘出術で不正に振替請求し、(4)医院によるFax連絡での調剤と医院への配達では、医師法第22条違反となる処方せんの不交付や処方せん料の不正請求を伴う特定保険薬局への指示等(療担規則第19条の3違反)とされ、(5)職員福利厚生を含め患者への一部負担金免除は同第5条違反と、7月22日付けで保険医療機関の指定と保険医登録とが取り消された。その後、Xは処分の取消しを求め提訴し、再診省略の問題(1)には「従前の診察による治療」と主張したが「独自の見解」として排斥されるなど、監査を適法と認め棄却された(那覇地判平成18・3・29、LEX/DB TKC)。
初診時診察なく投薬の事例には「溝部訴訟」を参照されたい(本紙2011年9月5日2796号:拙稿)。刑事訴訟では、診察治療後数カ月しての受診で、診察なく前回と同じ薬剤を投与した場合は患者の状態・変化が不明で医師法違反とされた(名古屋区判大正3・9・4、法律新聞970号26頁)。判例は、「其薬剤を授与して治療を為す都度之を診察せずとするも…其期間内は前回の診察に基き治療を為す」(大審大正3・3・26)と、診察には一定の有効期間を認めている。民事訴訟では、当直医が無診察で前日と同じ指示をし、外傷入院患者36歳が複合ブスコパンR静注10分後に死亡したが、「従前の診察結果、患者の要望、看護師の報告などに基づく治療で無診察治療に当らない」とされた(大阪高判昭和59・8・16、判例タイムズ540号272頁)。
しかし、原告Xの処分取消請求については、行政上、健康保険法・療担規則上の診察行為が問題で、診療報酬点数上では、投薬・リハビリ・処置などする都度診察するものとされている。大阪大学医学部附属病院が後日に検査だけで来院した患者から診察料を徴収したことで、是正勧告を受けた事件(平成9・11・25産経新聞)や、労災診療ではあるが、無診察物療に3億円の再診料返還と指定取消処分となった事例もある(徳島労働局、平成18・10・30メディファクス5035号)。再診料の請求には当日の診察が前提で、診療録には傍診や問診・視診など実施の旨を記載するなど、書証での証明を要し、要注意である。
(JCOAニュース93号より)