裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(19)  PDF

裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(19)

宇田憲司

過度の時間外労働は死の扉を叩く

 1996年3月5日午前5時ころ、33歳独身男性・麻酔科医Aは、自宅ベッドに臥したまま急死した。Aは、3次救急告示病院のY府立病院で就業し、死亡前日は午後11時30分まで通常通りICUで勤務していた。監察医は特発性心筋症による急性心機能不全と死後診断した。遺族は過重労働への病院側の安全配慮義務違反を根拠に1億5392万円を求め提訴した。

 地裁では、Aの時間外労働時間が95年9月から96年2月まで1カ月当たり88時間を越え、更に月平均1・9回の日直、7・5回の宿直および重症当直を担当しており、業務の過重性と死亡への因果関係を認め、安全配慮義務違反による債務不履行責任としてY府に1億692万円の支払いを命じた(大阪地判平19・3・30、LEX/DB TKC)。

 控訴審は、Aの業務に対する姿勢や行動(当番日以外での自発的診療、研修医への熱心な指導、論文作成などの臨床研究など)も寄与し、自宅で研究活動を継続し十分な休息を取らず、疲労が蓄積したなどAの過失を35%として7744万円に減額した(大阪高判平20・3・27、判例時報2020号74頁)。

 「脳血管疾患および虚血性心疾患等の認定基準について」(厚労省平13・12・12、基発1063号)では、過重負荷として、発症日を起点に1前日までの発生状態を明確にし得る異常な出来事、2近接する1週間以内の特に過重な業務、3更に、長期間では、週40時間の法定労働時間に対して、時間外労働が、発症前1カ月間ではおおむね100時間を超える場合、または、発症前2〜6カ月間にわたって、1カ月当たりおおむね80時間を超える場合は、発症への関連性が強いと認定される。

 「医師の需給に関する検討会」報告書では、時間外労働は1カ月で勤務医99・8時間、有床診62・6時間、無床診44時間であるが、これには宿日直や地域医療活動、学会活動などは含まれていない。また、日医調査(2007・10・10)によれば、40代以上の開業医は勤務医よりも労働時間が長く、過労死の危険性が高い。日本医療労働組合連合会「医師の労働実態調査」(2007年)では97〜06年に15人の労災死をみ、過労死を含む。

 医療従事者の労働環境の改善が急務の課題であり、医療従事者、特に病院・診療所の勤務医は、勤務時間を明瞭に記録して労働基準監督署に訴えるなど、自ら行動を起こすことが必要であろう。(JCOAニュース114号参照)。

ページの先頭へ