裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(17)
宇田憲司
患者 ・医療従事者間での感染防御の対策を
1992年12月17日タイ女性22歳(日本語・英語不可)が、スナック勤務中に男性客に暴行され2階から飛び降り、第2腰椎(L2)を破裂骨折し、某救急病院に搬入された(健康保険証の取得なく医療費は知人が保証)。右L3神経根損傷が疑われ、脊髄造影でL2完全ブロックを呈した。脊椎外科専門医のいる某市立病院は満床で、保存的治療で待機して同月21日に転医した。直腸膀胱障害があり下肢症状は筋力0〜4を呈し、Frankel分類でCからBに悪化し、馬尾神経・脊髄円錐部(L2まであり)損傷と診断され、24日に後方除圧術等が予定された。しかし、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)陽性と判明し、AIDS(後天性免疫不全症候群)非拠点病院で、手術中止の説明なく他病院に転送された。翌年2月車椅子で退院・帰国した。その後、筋力4〜5に回復して歩行できたが、直腸膀胱障害が残り、手術の懈怠を根拠に前二病院に1516万円を請求して提訴した。97年、AIDSを発症して死亡した。
裁判所は、当時、保存療法も適応があり、馬尾神経傷害による下肢症状は回復したが、直腸膀胱障害は回復せず、それらは脊髄傷害によるとして、除圧手術の不実施と後遺障害との因果関係を否定した。しかし、看護師や他の患者への動揺を避けるなど、治療以外の目的で手術を回避し、医学的根拠のない差別的取扱いで、人格権侵害を認め、市に慰謝料100万円の支払いを命じた(甲府地判平17・7・26、判例タイムズ1216号217頁)。
感染および感染症は、(1)病原体が、(2)感受性のある宿主に、(3)感染経路から伝播して生じるので、予防には、そのどれかを断つ必要がある。HIVは、保因者の血液・精液・膣分泌液・母乳等に存し、性交渉時を含め皮膚・粘膜の傷口からや注射器(針刺し事故、回し射ち、薬害AIDS禍)等で感染し、咳・痰の飛沫や蚊・ダニでの感染はない。手術では、ユニバーサルプレコーションの厳守を要す。
2002年6月に20歳代女性外科医師が大阪府内の病院で手術助手を務めていたところ、HCV陽性の乳癌患者の血液飛沫が目に入った。同年10月妊婦検診でC型肝炎ウイルス(HCV)の感染が判明した。感染防止用ゴーグルの着用はなかった。翌年4月に出産し、乳児にHCVが検出され(母子感染は5%)、ウイルスの遺伝子型が一致した(04・5・30京都新聞)。また、手袋の破損部から滲みこんだりした時も直ちに申告して洗浄・交換できるよう教育するなど準備が要る。感染リスクの高い曝露事故では、労災として、インターフェロン療法や、抗HIV薬の服用も推奨される(厚生労働科学研究費・研究班報告『抗HIV治療ガイドライン』2013)(JCOAニュース86号参照)。
なお、協会では針刺し事故を補償する保険を取り扱っている。