裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(16)  PDF

裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(16)

宇田憲司

診断書の記載は診察所見に基づき正確に

 2001年8月、患者は、暴行により「左母指及び左大腿打撲、頚椎捻挫」等を受傷した旨を明記した警察提出用の診断書の発行を求めた。しかし医師は、それらの部位に診察およびX線検査で異常所見を認めず、自覚症状のみを記載した診断書では納得されまいと推測して交付を拒否した。翌年5月「当初の全治見込み、受傷個所・原因、治療方法、現状、治癒の見込み」を記載した診断書が要求され、カルテに基づき診断経過と自覚症状を記載して交付した。患者は、要求事項の記載がない、と修正または再交付を求めたが拒否され、「診断書の不交付」および「警察用診断書に書式があるとする誤った拒否理由を説明した」として慰謝料90万円を求め提訴した。

 裁判所は、診察や検案等をした医師は、診断書や検案書等の交付の求めに、正当事由なく拒んではならず(医師法第19条2項)、詐欺など不正目的が強く疑われたり、虚偽記載の要求などがない限り交付義務を免れないとし、初診時の拒否理由は推測に過ぎず正当事由とはならないがその後に交付され、また、診断結果と異なる内容の記載の要求では、医師に虚偽私文書作成を強い、拒否を正当とした。また、誤った説明には不法行為責任までは認めず、請求を棄却した(東京簡判平16・2・16、LEX/DB TKC)。

 また、傷害が暴行や事故に因り発生したか否かは、現場で目撃したなどを除き証明できず、「患者等の申告による」と注記を要する旨、理解を促す必要がある。

 警察署など公務員が職務を行う公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書への虚偽の記載には、罰則がある(刑法第160条)。

 某暴力団組員の男が「けんかをして階段から落ち、その後に無尿が生じた」と訴え、1996年3月2日某病院泌尿器科に受診・入院し、翌日早朝死亡した。同僚医師の診察や看護師の観察では、左眼瞼部の内出血(ブラックアイ)、左第9肋骨骨折、全身の内出血斑などから殴る蹴るの暴行・リンチが推測された。

 しかし、泌尿器科主治医は、死亡診断書の直接死因欄に「急性心不全」、その原因欄に「転倒、転落」、死因の種類欄に「外因死、不慮の外因死、転落・転倒」、外因死の追加事項の手段及び状況欄に「飲酒後、全身打撲の痛みで気づいた、階段から転落か」など記載し、第三者(両親)を介して市役所に提出した。

 負傷の部位・程度等から、意図的に強度かつ多数回にわたる殴打等の暴行が加えられたものであると認識しながら、虚偽の診断書を作成、行使したとして起訴された。しかし、初動捜査や司法解剖など死亡当時の調査所見なく、証拠不十分で無罪とされた(東京地判平13・11・29、LEX/DB TKC)。

 受診後24時間以内の死亡の場合を除き、診察や立ち会いなど事実確認のない交付は禁止、処罰される(医師法第20条、33条)。

 また、法に規定のない会社の生命保険などの文書も、患者の権利を考慮して書く必要がある(日整会編『整形外科・身障福祉 関連診断書作成マニュアル』6頁、金原出版、2004)。しかし、当事者間には利害の衝突も生じ、事実を是々非々に書くしかない(JCOA冊子『臨床整形外科医必携 より安全な医療構築のために』35頁、2004)(JCOA ニュース82号参照)。

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