裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(14)  PDF

裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(14)

診療記録の改ざんは真実を歪める

 2001年3月2日東京女子医大附属病院にて、12歳女児が体外循環装置(人工心肺)下にて、心房中隔欠損症根治術を受けた。循環器小児外科講師A医師45歳(卒後20年)が手術チーム責任者兼第一助手をした。B医師37歳が同装置を操作し、手術開始2時間頃から大静脈からの脱血がよくなかったため、落差脱血法から陰圧吸引補助脱血法に変更した。しかし、当該人工心肺は後者の脱血法で長時間使用すると回路内に発生した水蒸気で静脈貯血槽との間に接続されたチューブのガスフィルターが徐々に閉塞して陰圧低下する危険性があり、また、心嚢内漏出血液などを吸引するために吸引ポンプを高速回転し続けると回路内が陽圧化して吸引できなくなる危険性もあった。更に2時間ほどして、上記危険性の潜行状態に加え静脈貯血槽につながるチューブ内に空気が満たされ脱血できず、児は脳循環不全を来たし、術後もICUにて治療継続されたが3日後に死亡した。

 A医師は、術中に生じた循環不全から児が脳障害を被ったことを隠そうと企てた。(1)ICU看護師長54歳と共謀し、瞳孔の大きさを、脳障害を示す「6mm」または「7mm」から「4mm」へと看護師長は3カ所、A医師は13カ所、ICU記録を書き換え、改ざんした。また、(2)臨床工学技師31歳と共謀し、新しい人工心肺記録用紙に、脳障害治療のために実施された低体温療法がなかった如き送血温度で、脳浮腫改善薬(グリセオール)は少ない目の投与量で記載し、対応する原本を持ち去った。

 A医師は、「手術はうまくいった」と家族に説明したが納得されず、大学に調査が求められ人工心肺の操作ミスとの報告書が出た。遺族は、02年1月医師2人を含む5人を刑事告訴し、6月28日A医師は証拠隠滅容疑で、B医師は業務上過失致死容疑で逮捕された(平14・6・28朝日新聞・東京)。

 刑事訴訟では、A医師は、B医師が業務上過失致死の罪責を問われる可能性について未必的な認識は有していたと推認され、他人(B医師)の刑事事件に関する証拠を隠滅(2)、偽造(2)、変造(1)した(刑法104条)と認定され、懲役1年執行猶予3年の判決が確定した(東京地判平16・3・22、LEX/DB TKC)。B医師は無罪判決(東京地判平17・11・30、LEX/DB TKC)で控訴された。

 その後、A医師は、05年2月医業停止1年6月、06年11月15日保険医取り消し5年、病院につき、組織的関与はなかったが隠蔽を防止できなかったなどとして訓告(6月間看護師の配置施設基準届出禁止)の行政処分を受けた。民事上、遺族との和解は成立している。(JCOAニュース92号参照)

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