裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(12)
宇田憲司
プライベート情報は噂の種にあらず
女Xの子Aは、2004年8月ユーイング肉腫に罹患し、某大学医学部付属病院にて治療され、その時の主治医Dが後日Y病院に転勤してからは、高熱が出るなど症状が悪化した場合にY病院で対症療法をするなど、入・通院が継続された。しかし、Aは、回復なく08年12月20日死亡した。
Aの生前、Y病院に勤務のB看護師は、自宅で夫Cとの会話において、入院患者Aについて、Aの病状が重く、あと半年の余命であること、Aの母親Xの経営する店が夜の飲食店であること、その名前、その所在地のほか、XやAの姉が懸命に看護に当たっているなどの情報を夫Cに話した。
Cは、それをきき、Aや懸命に看護に当たるXを気の毒に思い、Xを訪ねた時、その旨を伝えて話し、その際、話題をAの姉であるXの長女のことに変え、「どこの店で働いているの?」とXに尋き、Xが不審に思い、長女は夜働いていない、昼働いている旨答えると、「みんなそんなふうに思っていないよ。看護師さんなんか夜働いていると思っているよ」と話した。そこで、Xは、Aと全く関係のないCから、Aが回復不可能な状態にあり、余命半年と聞かされ、これに驚き、強い不快感を持ち、本当に余命半年なのかとの不安や悲しみを感じるとともに、情報を漏らしたY病院に対する疑念を抱き、同病院への信頼を失い、Aの転院を余儀なくされ、Aが信頼していたD医師による治療を受けさせられなくなった。
そこで、Xは、Aの死後、Y病院の職員への監督責任の懈怠と同職員による患者情報の違法な秘密漏洩とを根拠に、Xの精神的苦痛への慰謝料等330万円をYに請求して提訴した。Yは、看護師Bの行為は夫婦間の私的なもので、Yの事業の執行と密接に関連するとはいえず、また、患者の個人情報保護や秘密漏洩防止などについては、(1)個人情報管理規定を制定し、職員に周知し、備え置き、誓約書を作成・提出させるほか、(2)新人オリエンテーション研修において指導し、(3)患者の個人情報保護の基本方針を院内に掲示し、(4)毎月1回開催される運営会議において指導を行ったと主張し、第一審裁判所は、YにはBへの監督義務の履行があり、Yの使用者責任の成立や不法行為責任を否定した。
しかし、控訴審裁判所は、夫婦間の会話が職務上知り得た、漏洩してはならない情報を漏洩するのであり、使用者にはそのコントロールは必要であり、かつ可能であったとした。また、B本人への尋問では、患者情報の漏洩は今回が初めてではなく、Bは問題意識を有しておらず、Yには本件を所轄官庁へ報告するなどなく、Bの懲戒処分も事実を確定し守秘義務違反を認めるものではなく、守秘義務への認識も不十分で指導も不十分であったと推認され、Bの選任およびその事業の監督について相当の注意をしたとは認められず、使用者責任を認め、Yに慰謝料等110万円の支払いを命じた(福岡高判平24・7・12、LLI/DB判例秘書)。