裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(11)  PDF

裁判事例に学ぶ医事紛争の防止(11)

宇田憲司

応召義務違反と責められたら

 2004年4月19日午前7時40分ころ、Xは通勤途上に路上で転倒し、近くのY内科・外科・胃腸科医院(9時に診療開始)まで歩いて行き、玄関先から携帯電話で診療を求めた。Y医師の妻が自宅兼用の電話に出た。まだ看護者の出勤なく、診療器具やレントゲン撮影機の準備もなかった。Yは、電話での状況を告げられ、玄関のドアを開け、階段(3段)下に立つ患者に、「今、用意ができてないので、救急病院に行く方がよいと思います」というと、Xは、「せっかくここまで来たのに」と不満げな様子を示した。「それではお入りください」とYは言ったが、Xは、「こんな階段上がれない」と語気鋭く言い、Yは「救急車を呼びましょうか?」と申し出たが、Xは激昂して「自分で呼ぶ」と言い放って携帯電話で救急車を呼び、Yは院内に戻った。

 Xは、7時51分に到着した救急車でK病院に搬送され、レントゲン撮影され、整形外科医の診察が必要とされM病院に紹介・受診した後、21日国立療養所T病院を受診し、左足関節骨折と診断され、22日から5月12日まで入院した。

 そこで、Xは、7月14日付けで、Yに対して、再三診療を求めたが診療を拒絶され、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」との医師法第19条1項に違反するなどと主張し、謝罪と慰謝料50万円を求めて内容証明郵便を送付し、その後に弁護士料10万5千円を追加請求して提訴した。なお、K病院は1時間以上放置したうえ骨折を見逃したとして200万円を、M病院も見逃しを理由に、損害賠償が請求された。

 裁判所は、Xは、Yから救急病院受診を勧められ、これに応じて自ら救急車を呼び、診療拒否は認められない。医師に対する患者の期待権については、前提となる診療契約の成立がなく、また、医院は救急告示なく、看板に外科治療する旨の掲載があれば常時に受療を期待し得るとまでは社会通念上いえず、事実上の期待で法律上保護される利益とまでいえないとして、請求を棄却した(東京地判平17・11・15、LLI/DB判例秘書)。

 「正当な事由」が何かは、具体的な場面で社会通念上健全と認められる道徳的判断によるべきとされる。診療報酬の不払い、診療時間外、特定の場所の勤務者への診療医で他の医師が近辺に不在で応急の措置が必要な場合、天候不良などを理由に往診、標榜外でも緊急時に応急の措置が必要で患者了承時では診療を拒否できない(昭和24年9月10日医発第752号)。医師の不在または病気等により事実上診療が不可能な場合に限られ、軽度の疲労程度では断れず(昭和30年8月29日医収第755号)、休日夜間当番医制などがあり住民に周知され急患診療の確保がある場合、直ちに応急の措置が必要でなければ、その受診を指示してよい(昭和49年4月16日医発第412号)。

 満床でも、一歳女児に、救急室か外来のベッドで点滴等の応急治療し、空床待ちができたとして、同女児死亡に2790万円の支払いを命じた判決がある(千葉地判昭61・7・25、判例時報1220号118頁)。

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