裁判事例に学ぶ 医療事故防止(4)

裁判事例に学ぶ 医療事故防止(4)

採血・静注時の神経損傷防止には
血管の選択順位と穿刺手技とを確認して

 平成6年7月18日、36歳女性教諭Xは、職場の定期健診でY保健事業団の技師Aから右肘窩部で採血検査を受けその途中「痛いから止めて!」と声をあげた。刺入部の強い痛みや右中指・薬指・小指にしびれ感などを感じた。その後、右上肢に反射性交感神経性ジストロフィ(RSD)を併発して公務災害の認定を受け、16年3月退職した。Xは、Aの過失を根拠にYに8371万円を請求して提訴した。

 Xは、Aが3cc採血して採血不能になった時点で、採血可能な場所を探して針先を動かし、その結果、まず内側前腕皮神経の深層の枝を損傷し、次に右肘正中皮静脈の尺側半分から正中神経の方向に刺入したため、母指球筋枝および母指第1指間間隙への知覚枝への損傷は生じなかったが、 尺骨神経への知覚交通枝を損傷し、各々の損傷で2度電撃痛を感じたと主張した。Yは、駆血帯による痛みで、採血が不能になっても、注射針の針先を動かしたり、軌道を修正したり、根元まで刺入することはないと抗弁した。

 第1審では、主張された採血行為は、長年にわたり日常的に採血業務に従事してきた臨床検査技師の行為としては相当不自然で、裏付けもなく、RSD罹患の証拠もないとして、棄却した(秋田地判平17・8・26、判時1958・92、判タ1260・322)。

 控訴審では、採血穿刺で神経損傷が生じ、RSDが発症したと認定した。採血の一般的技法、注意事項などから見て、格別やむをえない特殊事情もないのに、注射針を静脈から逸脱させて各神経の損傷を招いた過失があるとして、3割を相殺して3460万円の支払いを命じた(仙台高裁秋田支部判平18・5・31、判時1958・80、判タ1260・309)。

 皮神経には、皮静脈と伴走・交差する部分があり、医療水準上その部位を予見できず、接触・損傷は確率的に生じて皆無にできない(大阪地判平8・6・28、判時1595・106、判タ942・214)。しかし、穿刺時に患者にしびれや電撃痛が生じたときは、既に神経損傷が生じた可能性もあるが、損傷の拡大防止には、直ちに中止すべきで、同じ部位への再穿刺も危険である(大阪地判平10・12・2、判時1693・105、判タ1028・217)。橈骨神経浅枝損傷事例では、できるだけ肘部で太い静脈を見つけ、前腕の加温や下垂、把握運動による静脈怒張も要する(福岡地裁小倉支部判平14・7・9、LEX/DB TKC 28081300)。採血針を垂直方向に刺入して、左内側前腕皮神経と左尺骨神経の交通枝が損傷してカウザルギーを後遺したとの訴えには、非利き腕側から、より安全とされる肘正中皮静脈から選択・実施しており、採血中も異常なく、適切な手技で実施しても神経損傷が6300分の1の確率で起こるなどから医師の採血手技上の過失を否定した(東京地判平19・4・9、同28131210)。

(同ニュース2007・9No.95より、文責・宇田憲司)

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