裁判事例に学ぶ 医療事故の防止(11)迅速な血行再建により 組織壊死や死の淵からの生還を

裁判事例に学ぶ 医療事故の防止(11)

迅速な血行再建により 組織壊死や死の淵からの生還を

 平成15年8月14日午前10時から73歳女性は、左人工膝関節置換術(TKR)を受けた。タニケットが使用され、手術は1時間半で出血量は545mlであった。術後、左下肢に冷感と色調異常、知覚鈍麻があり、足背動脈は触知できず、午後0時45分帰室後、血管閉塞を疑い外科医師に対診した。MR Angiography(2時28分)で大腿動脈中央部に途絶像があり急性動脈閉塞と診断され、血栓摘出術が開始された。動脈造影(3時58分)で閉塞像を確認し、フォガティカテーテルの先端に通常の血栓より固い抵抗を認めたが、そこを更に挿入しバルーンを膨らませて引き抜く操作を2〜3回繰り返した。操作後、造影剤が大腿付け根で血管外に流失した。手術室に移動し全麻下で、血行再建術が開始された。膝後部を展開すると膝窩動脈は断裂し、離断した動脈は数条のらせん状の組織片で連なっていた。離断した動脈の中枢断端はほとんど閉塞して縮んでおり、末梢断端は5〜6?離れて縮み、損傷・離断が高度なため血管吻合はできず、大腿動脈から膝窩動脈へのバイパス手術が人工血管を用いて行なわれた。8時54分手術終了し、下肢に冷感、チアノーゼがあり、足背動脈は触知不良で、創痛も自制できない状態であった。その後も血流改善なく、足部壊死が生じ、9月16日血管外科専門医のいる他病院に転医し10月21日大腿切断術を受けた。

 女性は、TKRや引き続き行なわれた血栓摘出術、バイパス手術における医師の過失を根拠に提訴した(請求5001万円)。

 裁判所は、TKR用トライアル挿入時の膝伸展ストレスで膝窩動脈の内膜・中膜損傷を生じ浅大腿動脈に急性動脈血栓症が併発したとして、?カテーテル先端の抵抗触知時に中止しなかった過失、?バイパス手術の適応判断に大腿深動脈を造影せず既に不可逆期で適応のない同手術をした過失、を認めた。しかし、大腿切断との因果関係は認めず、それを回避できる相当程度の可能性の侵害を認め、慰謝料等440万円の支払いを病院に命じた(東京地判平20・1・21)。

 TKRでの膝窩動脈損傷は0・03〜0・17%で、発生時は早急な血行再開をする。内膜損傷による動脈血栓が多く、本件では術中損傷した動脈をバルーンで強く引き抜くことで損傷した可能性が窺える。TKR術中の直接の動脈損傷は、レトラクターで脛骨を前方へ引き出す際のものが多く、脛骨後方の骨縁に沿ってかける必要がある。カテーテル操作では血管真腔からの逸脱が要注意で、?経皮経管的冠動脈形成術時に対角枝の内膜下に入りバルーン拡張時に出血し心室細動での死亡例(東京地判平17・4・27、判時1903・81)、?喘息発作時のテオフィリン中毒で血液吸着療法用カテーテル挿入時の血管損傷での失血死例(千葉地判平18・9・11、判時1979・93)などがある。

 (同ニュース2009・5No.105より、文責・宇田 憲司)
 

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