衆参両院議員定数削減問題
2010年7月の参院選へむけて出された民主党のマニフェストに、重大な1項が入っていました。第2節「政治改革」の冒頭、「参議院の定数を40程度削減します。衆議院は比例定数を80削減します」という一文です。このマニフェスト実現のため、菅首相は「年内に成案をまとめる」と言いましたが、例によってまったく口だけ、すすんでいません。しかしこの定数削減は、議会制民主主義の根幹にかかわる重要問題であり、しかも「大連立」が成立する状況になれば間違いなく浮上する課題です。
そこで今回は、大連立に絡むきわめて危険な動きの1つとして、衆参両院定数の削減問題を考えてみましょう。紙幅の関係で衆院比例定数削減にしぼります。
衆参両院定数の削減、とくに衆院定数削減問題は、90年代に入って以降、保守支配層が構造改革の遂行を求めるようになり、その実現のために「政治改革」を強行して以後登場しました。ねらいは、構造改革に賛成する保守二大政党制を強化し、それ以外の少数政党を人為的に淘汰することで、構造改革を円滑に遂行できる体制づくりをすすめることです。どういうことか、少し説明しましょう。
1994年、「政治改革」の結果新たに小選挙区制が導入され、衆院定数500のうち小選挙区300、比例定数200と決まりました。政治改革のねらいは、構造改革や軍事大国に反対する社会党をつぶして保守二大政党制をつくり、改革を安定的に遂行することでした。そうしたねらいを貫徹するには、500の定員を全部小選挙区での選出にすることが望ましかったのですが、比例代表選挙区が200入ったのは、「政治改革」を推進した8党派は、小選挙区制になれば消滅の憂き目にあいかねない少数政党でしたから、それに配慮した結果でした。
こうして小選挙区比例代表並立制がスタートしましたが、自民党に対抗する保守第二政党ができなかったことに加え、比例代表選挙区が200もあるために、この新選挙制度は予想通りには機能しませんでした。ようやく機能しはじめたのは、98年に民主党が自民党と政権を競い合う保守第二政党として誕生して以降です。小選挙区では、この2党以外に当選することはきわめてまれとなり、保守二大政党の寡占率が高まったからです。そして、二大政党制が形成・確立されるにしたがい、二大政党による議席の独占を促進する衆院比例定数削減問題が現実味を帯びはじめたのです。
しかし最初の衆院比例定数削減は、二大政党以外の主唱で実現しました。98年参院選で大敗し、参院で多数を握れなくなった自民党が連立を呼びかけた小沢一郎率いる自由党が、その連立条件に衆院比例定数削減を出し、小渕内閣がそれを呑んで、2000年、衆院比例定数の20削減が成立したのです。当時自由党は少数政党だったのですが、保守二大政党を一貫してめざしていた小沢氏が、保守二大政党制を促進するには純粋小選挙区のほうがよいと判断したからです。この削減は、二大政党化をさらに推進し、小沢自由党自身、03年には民主党に合流し、その流れを加速したのです。
民主党は結党当初から衆院定数削減を主張してきました。1つは、小選挙区制を純化することで、保守二大政党制を確立するというねらいです。比例代表選に依拠して議員を国会に送り込んでいる公明党や共産党など少数党の議席は、比例定数が削減されることにより減少し、自民・民主党の議席寡占率はいっそう上がるからです。
しかし民主党は、もう1つの理由を前面に掲げてきました。「無駄を省くためにまず自らが身を切る」という、公務員削減・行政改革の一環としての「小さな政府」論の実行です。しかしこの第2の口実は説得力がありません。人口比でみると日本の国会議員の数はけっして多くないし、定数削減して浮くおカネはごくわずかです(*1)。それに比して、第1のねらいのほうは切実かつ効果は大きく、実際にはこちらのねらいが本命です。もし比例定数80削減が実現すると、09年8月30日総選挙の得票率で計算しても、共産党は9→4、社民党にいたっては4→0になってしまいます(*2)。
こうした第1のねらいに沿った衆院定数削減は、06年に民主党代表に小沢氏が座ると急速に重視され、マニフェストの中でも重視されるようなりました。09年政策インデックスでは「政権選択可能な選挙を実現するため小選挙区選挙をより重視する観点から」比例定数を削減するというように、露骨に第1のねらいが書かれ、また民主党が政権の座に着くと、国会改革の一環として強力に推進されるようになったのです。
衆参両院定数削減は、政党や議員それ自身の運命に直接かかわるだけに、そう簡単には実現しませんが、ねらいは明らかかつ切実です。国会を二大政党で独占して、共産党などの示す多様な選択肢を国民の目からシャットアウトすること、それを通じて、構造改革や軍事大国という改革の実行をスピードアップすることです。これまでの連載で明らかにしてきたように、今日、改革の遅れやジグザグに財界や保守支配層の苛立ちは頂点に達しています。大連立へ向けてのなりふり構わぬ合唱も、こうした焦りからのものです。大連立ができれば、構造改革促進をめざして定数削減は必ず議題になります。
しかし定数削減は、今後の日本の将来、民主的で新しい福祉の政治の実現からみれば、明らかな逆行です。先に述べたように、削減はムダ排除にもならないどころか、小選挙区制で多様な意見が国会に代表されなくなった結果低下している国会機能をさらに地盤沈下させ、多様な勢力、声の代表機能が失われます。
求められる改革はまったく逆です。多様な声を代表させない小選挙区制度を廃止すべきです。もとの中選挙区制に戻すことでも今よりはるかに改善されますが、そうした中選挙区制に戻すより、比例代表制の導入に踏みきるべきです。さらに、国会議員の政策・立法調査活動をより活発にさせるために歳費を引き上げ、秘書団を多く雇えるようにすること、また国会運営を改革して少数政党の発言時間、議案提案権、その他の権限拡充をおこない、より多様な意見と選択肢が国会に反映されるような改革が不可欠です。
当面、大連立による大政翼賛的な政治に反対するとともに、衆参両院定数削減に反対する国民的大運動が必要です。公明党もふくめ、大いに議論して反対の輪を広げ、それを基盤に、逆に国会活性化の改革を打ちだしていくことが大切です。
クレスコ編集委員会・全日本教職員組合編集
月刊『クレスコ』4月号より転載(大月書店発行)
*1 参考文献 小澤隆一「なぜ、今衆院比例定数削減か?」『憲法運動』 2010年12月号
*2 自由法曹団編著『比例削減・国会改革 だれのため? なんのため?』(学習の友ブックレット、2010年)