続・記者の視点(59)  PDF

続・記者の視点(59)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

生き方・死に方は民法の守備範囲ではない

 どういう医療を受けるか、あるいは受けないか、決めるのは基本的に患者本人だが、理解力や判断力の弱い人、低下している人も少なくない。

 そこで医療機関は、まず家族に頼る。その時の家族の範囲や法的な意味はあいまいだが、家族の同意を得ておけば問題になるまいというのが多くの現場の慣行である。

 だが、家族が出て来ないときや身寄りがいないときは困る。緊急避難として許される救命医療は別にして、多少なりともリスクを伴う医療行為を誰の同意も得ないで実行できるか。治療を打ち切るにしても医療者だけで決めるのはまずいのではないか……。

 そういう現場の悩みは確かに増えている。医療方針の当否を誰かが判断してくれるしくみがほしいという需要の高まりは、もっともだと思う。

 その議論にすぐ持ち出されるのが成年後見制度である。

 4月に成立した成年後見制度利用促進法と民法・家事事件手続法の一部改正では、後見人等に郵便開封、死後の事務処理を認めたほか、医療・介護を受けるための支援のあり方の検討が盛り込まれた。

 利用促進法には、障害者団体などから「本人の法的能力を認めないのは障害者権利条約に反する」「横領など不祥事の多い制度を拡大するより内容の改革が先だ」といった批判が出た。医療支援の検討にも「生命維持を簡単に打ち切られる方向へ進むのでは」といった懸念が示された。

 筆者は、後見人等に医療の代行判断をさせる方向は間違いだと考える。

 現行法で、身上監護として医療や介護の手続きをするのは後見人・保佐人・補助人の仕事だが、医療内容の同意権はないとされる。後見人等は法律家、福祉職、親族、市民が中心で、医療倫理は学んでいない。本人から判断代行を頼まれたわけでもない。

 成年後見制度は、かつての禁治産・準禁治産制度に代えて、1999年の民法改正で導入された。事理弁識能力の程度に応じて後見・保佐・補助の3タイプの適用を家庭裁判所が決める。悪徳商法対策を含めた弱者の経済的保護に主眼を置いており、主なテーマは契約と財産管理である。

 強調したいのは、制限行為能力者という民法の概念に基づく成年後見制度を、本人の生き方など他の領域に用いるのはおかしいという点だ。

 民法は、経済的取引を中心に私人間の関係を定める基本法である。ところが行為能力に関する条項は、公的な資格や職種からの排除に使われてきた。被後見人は選挙権も奪われていた(2013年に東京地裁で違憲判決が出たあと公職選挙法改正で回復)。

 どこで暮らすか、どんな医療や介護を受けるかといったことは、手段として契約を伴うことはあっても、本質的には、個人の尊厳と幸福追求権(憲法13条)のテーマである。民法の枠組みではなく、憲法に立脚した意思決定支援の法制度を創設すべきだ。

 医療方針の当否を第三者が判断する必要があるなら、多様な専門家が加わる公的機関を設け、集団的に検討するしくみを作るのがよいだろう。

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