続・記者の視点(57)  PDF

続・記者の視点(57)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

薬物依存は「治療」が肝心だ

 一昨年の大物歌手に続き、今度はプロ野球の元スター選手が覚醒剤。有名人が違法薬物の容疑で捕まると、一部のマスメディアは、まるで凶悪事件のように大騒ぎして行状を暴き立てる。

 しかし、彼らはべつだん、他人を傷つけたり、金品を奪ったりしたわけではない。

 一部の薬物の所持や使用を犯罪として扱うのは、本人の健康と社会に与える有害な影響を防ぐためだ。つまり、この種の刑事罰は、もっぱら予防を目的にしている。

 確かに刑事罰には、まだ手を出していない人への威嚇効果がある。クスリを使ったら社会的におしまいだ、と脅かされたら、初めての人は手を出すのをためらうだろう。

 だが、すでに薬物にハマっている人にはどうか。

 自己コントロールが失われ、本人の意思だけでやめられないのが依存症という病気。きつく説教され、本気で反省しても治らない。病気を根性で治すのは無理なのだ。

 日本の薬物対策は長い間、取り締まり・処罰に偏っていた。身柄を拘束して懲らしめたら、やめるだろうという仮説に立った政策、本人の意思に期待する政策だった。

 ところが、初犯で執行猶予になり、また使ってしまうケースが少なくない。今度は実刑になっても、刑務所を出たら繰り返す。そういう病気なのだから、刑罰の威嚇による再犯防止には限界がある。

 かつて、〈覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか〉というキャンペーンがあった。モンスター扱いして脅かすだけで、支援のかけらもない最悪の内容だった。

 必要なのは治療であり、やめ続けること(回復)への技術面を含めた支援だ。

 けれども、薬物依存の診療にあたる医療機関は少ない。回復支援を主に担ってきたのはダルク、マック、NAといった民間リハビリ施設・自助グループである。

 近年は刑務所、少年院、保護観察所などで、ダルクの協力を得たプログラムが行われるようになった。ただし施設内で薬物が切れている間に本人がもう大丈夫と思っても、シャバに出たら誘惑に負けることが少なくない。

 重要な課題は、地域生活を営みながら受けられる回復支援である。まだ捕まっていない人は、逮捕されて仕事や生活基盤を失わないうちに断ち切るほうがよい。処方薬をはじめ、違法ではない薬物に依存する人も増えている。

 そこで、通いたくなる工夫をした「スマープ」など、通院向けのプログラムが一部の公立病院や精神保健福祉センターで導入されつつある。

 刑罰中心から、治療を中心にした薬物対策へ。多くの国々はすでに転換している。これは人権の問題というより、どういう方法が役に立つかという有効性の問題である。

 依存に陥る人の多くは何らかのつらさを抱えており、快感への欲求より、苦痛を紛らわせるために依存するという見方もある。社会で居場所を失うと、よけいにクスリを使いたくなるという。回復すれば希望を持てるよう、社会の対応も変えないといけない。

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