続・記者の視点(54)  PDF

 続・記者の視点(54)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

「お金」はいいが、「医療」はダメだ

 マイナンバー(社会保障・税番号)の記されたカードの配達が始まった。

 不安を抱えたスタートになる。不正アクセスを完全に防げるシステムは存在しないし、行政内部や企業には不心得者もいるので、混乱や被害が生じるのは必至だろう。

 ただし筆者は、日本に暮らす個人や法人の収入・資産を把握し、的確な課税と社会保障に役立てるため、何らかの効率的なしくみを構築することは必要だと考えている。

 副業がばれる、課税が強化されるといった理由で抵抗感を示す人もいるが、法人の利益、個人の所得を税務当局ができるだけすべて把握して課税するのは当然だ。

 飲食、風俗業界をはじめ、一部の実態がきちんと把握されていない現状のほうが問題である。複数の関係先からの収入や金融取引、ネット取引でもうけている人々への課税漏れを減らす効果もあるとみられる。社会保険への加入を怠っている企業も、ごまかしをやりにくくなるだろう。

 賃金や報酬の支払いに加えて、銀行口座などの金融取引にナンバー利用を拡大することも妥当だと思う。お金の出入りや所在の把握が進めば、資産への課税が視野に入る。

 日本の経済と財政を改善するには、富の再配分による格差の是正が欠かせない。証券・金融取引への分離軽減課税をやめて総合課税にし、フロー(所得)だけでなく、ストック(資産)にも課税する。それによって、大企業や富裕層がためこみすぎているお金を吸い上げないといけない。

 そういう政策を現政権が打ち出すことはありえないが、将来、再分配を実行する政府のための基盤作りは進めておいたほうがよい。

 社会保障制度の給付と負担の公平性の面でも、所得・資産の把握は必要である。

 たとえば医療費の自己負担割合は、年齢別を基本にした線引きから、所得水準による線引きに移行するほうがよいと思う。生活保護にかかわる収入・資産の調査も容易になる。各種の社会制度の「申請主義」による弊害(利用漏れ)を減らせる可能性もある。

 とはいえ、便利だから何にでも使おうと、お金以外の分野にまでマイナンバーの利用を広げる動きは、よくない。

 予防接種や健康診断の情報にもマイナンバーを使う予定になったが、病気や医療の内容はプライバシーであり、漏れると患者が不利益を受けることもあるセンシティブ情報である。診療にかかわる情報の電子的な利用は、全く別に慎重に考えるべきであり、けっしてマイナンバーに結びつけてはいけない。思想傾向の把握につながる図書館カードでの共通番号利用も論外だ。

 最後に、国家権力による情報把握の肥大という面で、いちばん気になるのは警察や公安調査庁である。とくに警察は、刑事訴訟法による照会で情報を入手できる。個人情報の照会は、マイナンバーでいっそう容易になる。捜査機関への情報提供の記録は、本人が官庁や自治体に請求しても開示されないという。

 人の弱みを利用したスパイ工作、微罪を理由にした捜索・逮捕も行う政治的警察への歯止めが重要な課題である。

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