続・記者の視点(52)  PDF

続・記者の視点(52)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

事実経過のすり合わせが重要だ

 10月から医療事故調査制度が始まる。すべての病院・診療所・助産所が対象になる。院外での死亡や通院・在宅医療だけだったケースも、医療に起因する疑いがあれば対象になる。重要なことがらなので4月に続いて再論したい。

 新制度は院内調査が基本となる。特徴は、医療機関の管理者や調査委員会の判断にゆだねられる点が多いことだ。

 報告・調査の対象となる医療事故は「医療に起因するか、起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったもの」とされている。

 診察、検査、治療、経過観察に関連する死亡は対象だが、療養、転倒・転落、誤嚥、隔離、身体の拘束・抑制に関連する死亡は管理者の判断になる。院内感染の扱いもはっきりしない。

 管理者は「医療事故調査等支援団体」に支援を求め、外部委員を調査委員会に参画させるが、外部委員の立場や人数の定めはない。解剖や死亡時画像診断、遺族からヒアリングするかどうかは管理者と調査委員会の判断になる。

 裁量の幅が大きいだけに、医療機関の対応の誠実さがその後を左右する。医療側が「防衛」に走り、何も問題はなかったという結論に持って行こうとすると、遺族は敏感に感じ取って不信と怒りを募らせ、紛争・訴訟・告訴がかえって増えるだろう。

 一番のポイントは、事実経過の確認である。今回の制度の目的は原因究明と再発防止であり、再発防止策を考えるためにも、真相究明の努力を尽くさないといけない。

 その際に重要なのは、医学的な評価より前に、事実関係である。医療従事者の事実認識と遺族の事実認識が食い違うことは少なくない。

 したがって、遺族からの聞き取りは欠かせないと筆者は考える。医療従事者が知らないこと、見過ごしていたことを遺族が把握している場合は珍しくない。遺族の「ナラティブ」を理解する意味でも聞く必要がある。

 そして、事実経過について遺族に中間報告を行い、すり合わせしたうえで最終報告をまとめるのが賢明だと思う。

 もう一つは、事故の教訓、改善すべき点を明らかにすることだ。失われた命を今後の医療の向上に生かす姿勢を示すことが遺族の信頼を得る。医療機関のレベルアップの機会にもなる。これは民事責任に直結しない。

 なお、本紙7月5日号の寄稿で莇立明弁護士は、筆者が4月5日号で「『医師の責任追及が十分可能な制度にすべき』とする意見を出された」と書いているが、筆者はそういう記述をしていない。書いていないことをカギカッコで引用するのは誤導である。

 一部の医師・弁護士グループは、今回の制度が真相究明を優先するため、医療従事者の個人責任を追及しないという話と、医療機関の説明責任・民事責任をごっちゃにして、後者までうやむやにしようとしているように感じる。

 診療契約の法的な面から言っても、医療機関は、患者・遺族に対して誠実に説明する義務があるはずだ。そのうえで、今回の制度とは別に、賠償すべき案件なら、素直に賠償すればよい。そのために医賠責保険もある。

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