続・記者の視点(40)  PDF

続・記者の視点(40)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

ギャンブルという病

 刑法には賭博、常習賭博、賭博場開帳図利、富くじ発売などの罪が規定されている。バクチで金銭を失っても、本人が承知の上のことなのに、なぜ犯罪になるのか。

 多くの学説や判例は、放置すると国民の射幸心をあおり、勤労意欲を低下させて経済に影響を及ぼし、金銭目的の他の犯罪も誘発されるため、と解釈している。被害者がいなくても、善良な風俗を乱して社会的法益を害するタイプの罪にあたるという。

 それにしては競馬、競輪、競艇、オートレースの公営ギャンブルが、人気下降気味ながら各地で盛んに行われ、宝くじ、スポーツ振興くじは大々的な宣伝を展開している。

 そしてパチンコ・パチスロは昨年末の警察庁調べで1万1893店。病院の総数(8500余り)より多い。第三者の景品交換所を介するから賭博にあたらないという解釈だが、どれだけの客が単なる遊技場として来店するだろうか。461万台という器械の数は、世界のギャンブルマシンの6割を占めるという。

 売り上げ(2011年度)は公営ギャンブルが4兆円余り、宝くじ・スポーツ振興くじが1兆円、パチンコが19兆円近くにのぼり、計25兆円。国民医療費(11年度39兆円)の3分の2に相当する。

 飲酒に関する厚労省研究班の調査(08年実施)に基づく推計では、成人男性の9・6%、成人女性の1・6%がギャンブル依存症だという。単純に成人人口に掛けると、500万人を超す病的ギャンブラーがいることになる。

 自分の意志だけでは容易にやめられないのが依存症だ。勝った時の快感が忘れられず、失った金はギャンブルで取り戻そうとする。借金を重ねる。もうやらないとウソをつく。家族の金品をくすねる。ギャンブルによる借金が横領、窃盗、強盗、殺人といった犯罪につながった例も枚挙にいとまがない。

 たとえ合法であっても、経済破綻による生活困窮者、家庭崩壊、犯罪者を多数生み出しており、家庭と社会に及ぼしている害は巨大だ。自己責任では片づけられない。依存性のある薬物と同様に、精神をむしばむという個人への加害性も重視すべきだろう。

 そんな状況なのに、カジノ推進法案である。外国の金持ちを呼び込んで経済活性化につなげるというが、日本人のほうが大勢はまって、たんまり巻き上げられ、新たな依存者を生むに違いない。

 日本はすでに世界有数のギャンブル大国であり、その対策を講じることが先決だ。

 精神医学の診断基準(ICD—10)には「病的賭博」の病名があり、保険診療の対象になる。だが治療にあたる医療機関はとても少ない。効く薬はなく、有効なのは集団精神療法ぐらいだ。GA(ギャンブラーズ・アノニマス)や依存症回復支援施設(たとえば京都マック)などの自助グループに参加して、ギャンブルを断ち続けるしかない。

 依存症の治療と予防、そして病気の根源であるギャンブル自体をどうするかは、社会全体の課題であるのはもちろん、医学・医療界が率先して取り組むべき疾病対策・公衆衛生の課題である。

ページの先頭へ