続・記者の視点(29)  PDF

続・記者の視点(29)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

研究不正に強力な対策を

 科学的根拠をでっち上げた誇大宣伝と言うべきだろう。

 降圧薬バルサルタン(商品名ディオバン)をめぐる臨床研究の不正が、医学界を揺さぶっている。

 この薬には、血圧を下げるだけでなく、脳卒中や狭心症を大幅に減らす効果がある、としたのが慈恵医大の論文と京都府立医大の論文だった。しかしそこには明らかなデータ操作があった、と調査した両大学は判断した。研究の結論は誤りの可能性が高い。

 データ解析を担当したのはノバルティスファーマの社員(当時)とみられる。論文では、その身分を隠し、大阪市立大非常勤講師の肩書で共著者になっていた。医師による自主的な臨床研究に見せかけた「利益相反隠し」である。府立医大の講座の場合、ノ社から1億円以上の奨学寄付金が流れていた。この元社員は名古屋大、滋賀医大、千葉大のバルサルタン関連の論文にも関与していた。

 これらの論文は、他の降圧薬と差別化して売り込むのに利用された。国内だけで年間1000億円を超すバルサルタンの売り上げが、詐欺的な販売促進によって伸びたとすれば、医療費がだましとられたと言ってもよかろう。

 まずは真相を徹底究明し、不正をした者に法的・社会的制裁を加えることが肝心だ。

 元社員は今年5月にノ社を退職し、慈恵医大の調査に統計解析への関与を否定。府立医大は聞き取りができなかったという。厚労相は「(聞き取りのために)会社にも努力してもらいたい」と発言したが、あまりにも生ぬるい。

 薬事法66条は、医薬品・医療機器等の効能・効果などについて「何人も、虚偽または誇大な記事を広告し、記述し、流布してはならない」と定めている。罰則もある。

 意図的なデータ操作なら研究論文でも、これに該当するのではないか。薬事法上、厚労省や都道府県、保健所設置市は必要があれば、製薬会社や病院などへの立ち入り検査・報告徴収、関係者への質問ができる。この権限を行政が発動すればよい。刑事捜査の対象にもなりうる。

 そしてノ社には、誇大宣伝による売り上げを医療保険財政に自主返納させるべきだ。

 研究不正への抜本対策も欠かせない。その際は、利益相反の有無にかかわらず、「研究者性悪説」に立った強力な具体策が必要だ。企業との利益相反や癒着があればもちろん、そうでなくても、研究者は、業績を上げたいという意識を持ち、不正の誘惑がつきまとうからだ。

 (1)科学研究全般を対象にした研究倫理の担当機関を新設し、調査権限を与える(2)少なくとも臨床研究には被験者保護を含む法律を整備する(現状は厚労省の倫理指針しかない)(3)企業による資金提供の届け出・公開制度(4)研究不正の内部告発者を保護・報奨する制度(5)不正による利益の返納を国が企業に求める裁判制度――などを考えよう。

 医学研究に対する信頼の低下は深刻だ。この重大問題を解決せずして、医薬産業を日本の成長戦略の柱にしようなどと言うのは恥ずかしい。

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