続・記者の視点(1)  PDF

続・記者の視点(1)

 医師・医療界が市民・患者からどう見られているか、を新聞記者の立場から論じてもらう「記者の視点」は、03年3月から06年4月まで本紙で45回連載。今号から毎月5日号にその続編を再開します。ご意見・ご感想などお寄せ下さい。(編集部)

奈良・山本病院事件は極めて深刻だ

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 金魚の産地で有名な奈良県大和郡山市。そこにあった山本病院(2009年7月廃止)で明るみに出た問題は、医療倫理の根本にかかわる深刻なものだ。

 すでに刑事事件になったのは、次の二つである。

 (1)架空の心臓カテーテル手術による8件約830万円の診療報酬不正受給(山本文夫・元理事長は詐欺で懲役2年6月の有罪確定)

 (2)経験のない肝臓手術で男性を失血死させた。他の医師が良性腫瘍と診断したのに、がんだとして手術を行い、麻酔科医もおらず、輸血も用意していなかった(山本元理事長を業務上過失致死で起訴。今年3月に初公判予定)。

 さらに今年に入り、驚くべき実態が判明した。

 (3)心臓カテーテル手術(ステント留置術)のうち140人分は必要のないものだった、と大阪市など4市が鑑定を依頼した医師たちが判断した。治療中のX線透視の動画が保存されており、冠動脈の詰まりが全くないか治療対象にならない程度のものが多数あった。

 過去の医療事件に比べ、色濃く浮かぶのは「故意」の疑いである。

 山本病院はベッド数80床と小さいが、1999年の開設以来、大阪のホームレスの患者など、生活保護の患者を多数受け入れていた。京都市や神戸市からも入院していた。

 主たる入院ルートは他の病院からの転院。山本病院に移ったとたん、心臓カテーテル検査が軒並み行われた。患者の多くは身寄りがないか、家族がいても支援が乏しく、医学的な知識も少ない。一方で医療費は、生活保護ならすべて公費負担だから、とりはぐれがない。それにつけ込み、不要な検査や手術をやりまくって荒稼ぎをしていたらしい。その実態は10年にわたって見過ごされてきた。

 医療への信頼を揺るがせる事案である。チェックを厳しくされるのはいやだと反応するのではなく、医療を行う資質に欠ける者をきっちり退場させ、類似の事案の再発を防ぐ手だてを考えることが、まっとうな医療者のためにも大切だ。

 肝心なのは金銭面より、医療内容の妥当性をどうやって担保するかである。虚偽の診断に基づく不必要な医療行為は、レセプトをいくら見てもわからない。

 しかも問題は、必ずしも山本病院に限ったことではない。とくに大阪市とその周辺には「行路病院」とも呼ばれる行き場のない生活保護の患者が多く入院する民間病院が40以上ある。

 行政の立ち入り調査を強める程度では、さしたる効果はない。根本的にはホームレスなどの患者を公的病院で受けるのが望ましいが、現状でも取り組める具体策を二つ挙げたい。

 一つは、生活保護を担当する行政が専従の医師を雇い、病院に出向いて個々の患者の治療方針をカルテを見ながら協議することだ。一部の患者をピックアップする形でもいい。病院側が拒める理由はないし、不審な点があればおのずと見え、過剰・不当な医療や劣悪医療の歯止めになる。

 二つめは、生活保護の患者が多い病院に外部から「患者サポーター」を派遣することだ。患者が食い物にされる大きな要因は支援の乏しさにある。相談できるスタッフを入れれば社会的入院の削減にもつながる。

 これらの方策で多少費用がかかっても、財政的には十分、おつりが来る。

 山本病院事件は、刑事処罰すべき医療行為が現実に存在することも示した。医療事故の調査システム作りをめぐって医療全般への刑事免責を求めるような意見も一部にあるが、少なくとも「故意」「記録改ざん」「標準からの著しい逸脱」を刑事処罰できる道は残さないといけない。医療の業務上過失致死傷は告訴を条件にせよという意見も、身寄りの乏しい患者を視野に入れているのか疑問がある。

 内部告発や患者・家族の苦情を行政がきちんと扱うことも重要だ。どんな病院にも良心を持つスタッフはいる。公益通報者保護法を周知し、関係行政機関が情報を共有して、内容が当たっている感触があれば徹底調査しないといけない。

◆はら・しょうへい。1959年大阪府生まれ。82年、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、科学部を経て編集委員。医療と社会保障を中心に取材・報道を続けている(この欄はあくまでも個人の論考であり、会社とは関係ありません)。

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