続 記者の視点(8)  PDF

続 記者の視点(8)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

うそをつかない医療

 日本の医療には、うそが横行してきた、というと、言い過ぎかも知れない。

 だが、トラブルがあった時、すべてをありのままに患者側に伝えていると胸を張れる医療機関は、はたしてどれだけあるだろうか。

 そんな中で「うそをつかない医療」を掲げ、実践してきた医師が6月19日に亡くなった。東京・新葛飾病院の院長だった清水陽一さん。享年62歳。3年前から大腸がんを患っていた。

 循環器内科の名医で、榊原記念病院にいた1981年、日本で最初の心臓カテーテル治療を手がけた。99年に新葛飾病院の院長になると、古ぼけた老人病院を、日本で有数の心臓病に強い病院に作り変えた。

 同時に打ち出したのが「うそをつかない」「情報を開示する」「ミスがあれば謝罪する」という方針だ。

 2004年には、近隣の病院の診療ミスで5歳の息子を亡くした豊田郁子さん(43)を、病院の医療安全と患者支援の担当者として採用した。

 もともと正義感の強い人で、東京医大の学生の時には、自分の病院であった医療事故を内部告発した。患者側の弁護士の依頼に応じて意見書をいくつも書き、法廷にも出た。神経難病の父を、入院中に人工呼吸器が外れる事故で亡くした経験も影響したという。

 医療をやっていれば、どうしても事故は起きる。防ぎようのない場合もあれば、ミスや不手際もある。

 そんな時、患者・家族が求めることは何だろうか。

 最大の願いは、何があったのかを知りたい(真相究明)、同じことを繰り返してほしくない(再発防止)ということだ。

 もしも医療側の説明にうそや隠しごとがあれば、患者・家族は鋭く感じ取る。けっして口先でごまかせるものではない。

 そして不信感は、怒りに発展する。民事訴訟や刑事告訴になるケースは、ほとんどそういう過程を経る。

 逆に、こういうミスがあった、申し訳ないと正直に説明されたらどうだろう。もちろん一時的に腹は立つけれど、さらなる怒りにはつながらない。事故を教訓にする姿勢が示されれば、腹立ちはおさまっていく。

 筆者の身内が昨年、入院中に急死した後の経験からも、そう思う。

 清水さんは、隠さない、逃げない、ごまかさないという態度を病院職員に徹底させた。院長になって以降、示談で賠償したケースはあるが、証拠保全や提訴は1件もなかった。

 誠実な対応は、現実的にもプラスなのだ。

 どんな時でもごまかさないのがプロだろう。患者・家族に対して黙秘権はありえない。それは裏切りであり、ひき逃げだ。そもそも事実をごまかせば、教訓を生かすこともできない。

 失敗を隠したいという誘惑にかられるのが人間かも知れないが、正直に説明して謝りたいと思うのも人間だ。その機会がないと、関係したスタッフは後ろめたい思いを抱き続けるという問題もある。

 医療は、誠実を胸に刻むものであってほしい。

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