続 記者の視点(42)  PDF

続 記者の視点(42)

 
非正規という非効率
 
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
 
 知人の女性は、ある会社で契約社員として働いている。事務の仕事だが、雑用がどんどん振られてくる。正社員たちは、ろくに動かない。それでいて給料は大きく違う。
 こうすれば業務を効率化できるのに、ああすれば売れ行きが伸びるのに、と思うことはしばしばある。けれども彼女は口に出さない。
 「会社の業績が上がっても、私らには何のプラスもあらへん。あほらしいやん」
 日本の企業の多くは90年代後半から、人件費を節約するために非正規雇用や外部委託を拡大した。労働力の必要性が上下した時に、雇用の調整弁(使い捨て)にできるという理由もあった。
 民間だけではない。地方自治体や国の省庁も、同様の考え方から、非正規公務員や民間委託を増やしてきた。
 最近、建設業やサービス業を中心に人手不足が生じている。そこで、従来のやり方を見直して正社員の採用を増やす企業も出てきた。
 だが、単に人手を確保したいという発想にとどまっているとしたら、間違っている。
 本当の意味での生産性や企業の発展可能性の面からも、考え直すべきなのだ。
 非正規労働の問題点は、雇用の不安定さと待遇の格差である。それは労働者にとって不利益になるだけではない。
 雇用の不安定さは労働の意欲を低下させる。いつ雇い止めになるかわからない職場や期限付きの仕事で、力を出し切ろうとするだろうか。
 賃金の格差もモチベーションを下げる。絶対的な金額が高いか低いかだけではない。「似たような仕事をしていても、あの人と私ではずいぶん収入が違う」。不満を抱くのは、給料日の前後だけではない。働き手は日常的に意識するものだ。強い言葉を用いると「被差別感」である。
 どれだけ長く勤めても非正規は待遇が向上しない賃金制度だと、なおさらだ。
 そうした職場の状況はチームワークにも影響を及ぼす。非正規労働者を下に見る正社員、実際の働きぶりは違うと感じている非正規労働者。人間関係はしっくりいかない。力を合わせて何かをやろうということになりにくい。
 さらに、非正規の立場では意見を言えないことが多い。会議にも呼ばれなかったりする。働いていれば、たいていの人が仕事の方法の改善や業績向上につながるアイデアを何かしら考えつくのに、それを反映させるルートがない。
 転職経験を持つ非正規労働者は、ほかの職場の良い点、悪い点を知っているが、そんな知識も活用されない。
 日本経済が長年、低迷を続けたのはなぜか。格差の拡大による国民の購買力の低下に加え、労働者をコストの面からしか見ない経営がはびこったのも一因ではないか。それは、働き手が持っている力を十分に生かさないという意味で、非効率である。
 雇用形態の問題だけではない。人間のやる気を高め、知恵と工夫を生かすかは、あらゆる組織の浮沈にかかわる。提案できる回路を作ること、「参加感」を持てる職場にすることがポイントだろう。

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