続 記者の視点(39)
健康にかかわる労働時間の規制緩和
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
世の中の仕事は、決められた範囲で終わるものばかりではない。過大な課題やノルマの達成を求められたら、労働時間は当然長くなる。自分で積極的にテーマを探す仕事だと、やることに際限がない。
ブレーキがないと、好むと好まざるとにかかわらず、仕事漬けになってしまう。
日本は、時間外労働の割増率が低いうえ、不払い残業が横行し、有給休暇の消化率も低い。ブレーキ装置をしっかりさせて、仕事と生活のバランスを是正することが、労働政策の重要な課題だった。
ところが、長時間働いても残業代はなし、賃金は成果で決まる。そういう制度をつくる方針が安倍政権の「成長戦略」に盛り込まれた。
労働基準法では、管理監督者、機密事項取扱者、農業・水産業・畜産業、監視・断続的労働を労働時間の規制から外しているほか、「みなし労働時間」で賃金を決める制度を3種類、認めている。
(1)事業場外のみなし労働時間制(外回りの営業など)(2)専門業務型裁量労働制(研究開発、システムエンジニア、新聞・出版・放送の取材・編集、プロデューサー・ディレクター、デザイナー、インテリアコーディネーター、コピーライター、ゲームソフト創作、証券アナリスト、金融商品開発、大学教員、公認会計士・弁護士・建築士等)(3)企画業務型裁量労働制(事業の企画・立案・調査・分析)
実際の労働時間がみなし労働時間より長くても短くても賃金は変わらない(深夜・休日労働は別)。裁量労働では業務の遂行方法や時間配分は労働者にゆだねられる。
今回の方針は、みなし労働時間制に、ホワイトカラー全般が対象になりうる新たな類型をつくるということだと考えられる(もし特殊な専門的業務を加えたいなら、厚生労働大臣が(2)の職種を追加指定するだけでできる)。
年収1000万円以上、本人の同意といった条件を政府は挙げているが、いったん導入すれば拡大はたやすい。成果が数字で客観的に示される仕事は限られている。
「多様で柔軟な働き方」がうたい文句だが、目的が賃金の削減であることは見え見えだ。「生産性の向上」も能力や技術の向上ではなく、人件費を減らして企業の利益を増やすという意味だろう。それが経済全体にプラスになるのか、はなはだ疑問だ。
医療関係者にとっては、健康確保の観点から軽視できない問題である。過労死、過労自殺が後を絶たない中で、長時間労働で心身を損ねる労働者が増えかねない。過労死防止基本法が成立したのに、歯止めを減らしてよいのか。
労働基準法は「人たるに値する生活」を営めるよう、最低の労働条件を定めたものだ。専門職による「労務監査」の導入など労働法規の順守を徹底させる仕組み、裁量労働を含めた労働時間把握の強化、産業医の権限と責任の拡大などが先決ではないか。
付け加えると、裁量労働制が拡大していけば、勤務医をはじめとする医療従事者も、「残業代なし」の対象になる日が来るかもしれない。