続 記者の視点(38)
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
人間を囲い込む「ハコ」を減らせ
病棟を模様替えして共同住宅にしたら、あるいは病院の敷地内に共同住宅を建てたら、そこに移った長期入院の患者は「地域生活」に移行したことになるのだろうか。
精神科医療の改革に絡んで「病棟転換型の居住系施設」という構想が浮上し、厚労省の検討会で議論されている。
日本の精神病床は約34万床もあり、約29万人が入院している(2011年「医療施設調査」「患者調査」)。人口比でも絶対数でも世界一多い。
しかも1年以上の長期入院が約20万人。5年以上の入院に限っても10万人にのぼる。
その多くは、長期入院に伴う意欲の低下(施設症)、退院後の生活の場を確保できていない、といった事情による入院だ。政府は02年末に社会的入院の解消を打ち出したが、ほとんど進んでいない。
そこで今回出てきたのが、病棟を居住系施設に変えればベッド数を減らせる、患者の地域移行が実現する、という構想だ。検討会では福祉関係の委員が提案したが、民間病院でつくる日本精神科病院協会の意向でもある。
居住系施設としては介護精神型老健施設、宿泊型訓練施設、グループホーム、アパートなどが挙げられている。それらを医療法人のまま経営したい、ということのようだ。
間違った方向だ、と筆者は考える。
そもそも日本の精神科医療政策の失敗は、高度成長期に隔離収容主義の下で膨大な病院を民間に建てさせてしまったことにある。経営が絡むから、多すぎるベッドを容易に減らせない。病院経営者の多くは患者の退院に積極的にならず、空床が生じたら埋めようと新たな患者を入れる。
ホテルやマンションの経営と似た感覚である。
居住系施設に転換するとどうなるか。やはり、空きが出ると新しい入居者で埋めようとする。認知症の高齢者がターゲットになるだろう。
隔離・拘束や外出制限をしないとしても、病院の中に住んでいて、本当に自由な社会生活が実現するだろうか。精神科病院は、地価の安い山の中にあることが少なくない。
本来、病棟転換など不要である。ベッド数を半分に減らせば、今の医療スタッフ数でも配置密度は2倍になる。入院の診療点数を2倍にすれば病院の収入は変わらず、むしろ退院した患者が外来に来るぶん、プラスになる。
退院の受け皿はどうか。08年の総務省「住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家は756万戸(総住宅数の13%)。老人デイサービスセンターまで1キロ以内の賃貸用共同住宅に限定しても203万戸も空き家がある。その後も公営住宅を含めて空き家は増え続け、サービス付き高齢者住宅も大量に造られた。
必要なのは、地域生活を支える医療・福祉のサービスと人材の確保である。
もし、空いた病棟がもったいないなら、日中の活動場所や就労施設、地域の交流施設などに活用すればよい。
ハコモノを居住場所として残したら、人間の囲い込みはなくならず、失敗した政策を繰り返すことになるだろう。