続 記者の視点(37)  PDF

続 記者の視点(37)

訪問診療を締め付ける「投網」

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 医療や福祉をめぐって不適切な問題が起きたとき、行政の対処法はいろいろある。

 大きく分けると、(1)問題のある医療機関への指導監督や処分など、個別の対処を強める(2)新たな法的規制を行う(3)診療点数の変更などで経済誘導する——の三つだろう。

 今年度の診療報酬改定で論議を呼んだことの一つは、訪問診療の点数設定である。

 在宅患者訪問診療料(1日あたり)は、単独の訪問で833点(従来830点)。一方、同じ日に同じ施設・建物の複数の患者を診た場合は、特養ホームなどの特定施設で203点(従来400点)、その他の建物で103点(従来200点)となり、従来の半分に引き下げられた。

 在宅時医学総合管理料、特定施設入居時医学総合管理料(いずれも月2回以上の訪問で月1回算定)についても、同じ建物・施設の複数の患者を担当した場合の点数は、単独訪問の場合の3分の1〜4分の1に激減した。

 これは、「患者紹介ビジネス」を問題視するキャンペーンをある新聞が展開したのを受けた対応である。

 有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅、一般マンションなどに住む患者への訪問診療を、仲介業者が特定の医療機関に紹介する。医療機関は診療報酬の1〜2割を仲介業者に支払う。施設・建物の経営者が直接、医療機関とやりとりして同程度の金銭を受け取ることもある。

 それだけ払っても、医療機関は多数の患者をまとめて確保でき、効率よく多額の診療報酬を得られるから、おいしいというわけだ。

 いわば「患者売買」のようなもので、不快な話だ。

 大阪でも、たとえば西成区の福祉マンションや「サ高住」に八尾、松原、吹田といった遠方の開業医が診療に来ていた。入居者に聞いた話では、頼んでもいないのに訪ねてくる「押しかけ訪問診療」や、「調子はどうですか?」と聞いて回る程度の「形だけ訪問診療」もあったという。

 厚労省は、保険の療養担当規則を改正し、保険医療機関や保険薬局が、患者紹介の対価として金品を提供することを今年度から禁止した。

 しかし紹介料のやりとりは水面下で行われるので、実態はつかみにくい。そこで診療報酬にも手を加え、広く抑え込もうとしたようだ。

 とはいえ、今回の点数の減らし方は極端だ。こんなに減らされると、まっとうな訪問診療もできない、という反発が医療側から相次いでいる。

 確かに、一部の問題のために全体を締め付けるのは乱暴だ。診て回る人数によって移動時間などの違いはあるから、その差を踏まえるにしても、患者が1人か複数かではなく、人数に応じた段階的区分にする方法はあるだろう。

 ただ、「医療機関性善説」に立って厚労省を批判するだけでは、すれ違う。「医師の中には心がけのよくない者がいる」という当然の前提に立って対案を示さないと、社会への説得力が足りない。全体に投網をかける方式が迷惑なら、個別対処の強化を求めるべきではなかろうか。

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