続 記者の視点(28)  PDF

続 記者の視点(28)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

精神科の入院はどれだけ必要か

 日本の精神科医療の問題点が指摘されて久しい。患者のリンチ死亡など数々の人権侵害が発覚した宇都宮病院事件から、来年で30年になる。現状はどうなのか。

 かつては、政府の補助や低利融資で作られた民間精神科病院の多くが金もうけに走り、社会防衛にかこつけて劣悪な環境の病棟に患者を閉じ込めていた。暴力、虐待、使役労働が横行していた。

 そうした「違法な人権侵害」はさすがに減った。暴力や違法拘束による患者の死亡・重傷は、まだ毎年のように全国どこかの病院で起きているものの、全体としては改善してきたといえるだろう。

 一方、医療や保護を理由にした「合法的な人権侵害」は改善にほど遠い。

 まず入院の多さ。30万人にのぼる精神病床の入院患者数は、人口比でも絶対数でも世界一である。最も多かった1991年から4万人しか減っていない。5年以上の入院が4割近くを占める。社会的入院や長期入院は、人生の時間を奪う人権侵害である。

 しかも2000年以降、任意入院が減り、医療保護入院(家族など保護者の同意による強制入院)が増えた。

 さらに身体拘束、保護室への隔離が増え続けている。厚労省の精神保健福祉資料によると、11年6月30日時点の身体拘束は9254人、隔離は9283人にのぼる。03年に比べて拘束は1・8倍、隔離は1・2倍になった。病棟の構造も開放病棟が減って閉鎖病棟が増えており、任意入院患者でさえ、32%が外出を制限されている。

 大きな要因は、認知症による入院の増加である。統合失調症の入院患者がしだいに減る中、病院は、高齢化で急増した認知症患者でベッドを埋めている。その多くが医療保護入院の形で行われている。

 医療保護入院の改革は、厚労省によって骨抜きにされた。同省が設けた検討チームは昨年6月、保護者の同意によらない入院とし、患者が「代弁者」を選べる仕組みを導入することを打ち出した。ところが今年6月の精神保健福祉法改正は、保護者の同意を「家族等のいずれかの同意」に変えただけで、強制入院の要件はかえって緩くなった。代弁者制度も見送られた。

 そもそも精神科で入院すべきと考える基準は何なのか。

 自傷・他害を防ぐ場合はやむをえないだろう。休息やストレス軽減に役立つこともあるかもしれない。だが「生活ができない」「周囲が困る」という理由は、治療上の必要にあたるのか。本当に病院でないと無理なのか。入院させることは「善」だろうか。

 住み慣れた所を離れて入院すると、不安が募る。まして拘束や隔離を受けたら苦痛と恐怖は著しい。尊厳が傷つけられることは、治療上のデメリットになる。そして入院が長くなるにつれ、生活能力や意欲が低下していく。

 プラスがあれば、マイナスを無視してよいわけではない。その意味で精神科病院への入院はけっして望ましいことではない。医療従事者も社会も、厳しい認識に立って、変革を急がないといけない。

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