続 記者の視点(26)  PDF

 続 記者の視点(26)

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

自由診療にも歯止めが必要だ

 試しに「再生医療」や「幹細胞治療」をキーワードにしてネットを検索すると、びっくりするはずだ。それらの実施を宣伝している医療機関が国内に30カ所以上ある。

 肌の若返り・しわとり・豊胸といった美容目的をうたう施設が多い。本人の脂肪幹細胞などを体外で増やして注入するという。がん、リウマチ、アトピー、脳梗塞、パーキンソン病、糖尿病を治療するという施設もある。いずれも自由診療で、100万円を超す高額料金も珍しくない。

 本流の再生医療はとてもそんな段階ではない。血液疾患の幹細胞移植を別にすると、何らかの組織から採った体性幹細胞を用いる治療は4月末時点で73件が大学病院などで臨床研究中で、保険外併用の先進医療へ進んだのは2件。薬事法による培養細胞の承認も2件しかない。iPS細胞の臨床研究はこれからだ。

 それなのになぜ、クリニックでやれるのか。ヒト幹細胞を用いる臨床研究は、厚労省の指針で施設と厚労省の二重の倫理審査が必要だが、研究ではなく実地の自由診療だと言えば対象外。その抜け穴を利用し、安全性・有効性を確かめる手順を踏まないまま、金もうけのために患者を集めているのではないか。

 そうした施設は渡航治療にも利用されている。韓国は研究以外の幹細胞治療を認めていないため、日本への渡航治療を韓国のバイオ企業があっせんしている。すでに2010年9月、京都市南区のクリニック(翌年休院)で糖尿病の治療に脂肪幹細胞の注入を受けた韓国人男性が肺塞栓で急死したケースがあった。

 「がんの免疫療法」も以前から似た状況にある。本当に効果があるなら、一流の科学誌に発表できるはずだ。

 そうした問題を踏まえ、厚労省は、ヒトの細胞を使った医療について、事前審査手続きを定める新法案を今国会に提出する方針だ。細胞医療の手法に応じて、(1)リスク低=医療機関内の倫理審査委員会→厚労省へ届け出(2)リスク中=地域倫理審査委員会→厚労省へ届け出(3)リスク高=地域倫理審査委員会→厚労省へ届け出→厚生科学審議会で確認―の3段階を定める。

 まだ細部を詰める必要はあるが、あやしげな医療への法規制は歓迎したい。日本再生医療学会も規制を求めていた。アウトサイダーの施設でも深刻な失敗が起これば、再生医療が信頼を失う。医療技術・医療産業を発展させるためにも規制が必要なのだ。

 この立法が画期的なのは、野放しだった自由診療に初めてシバリをかける点だ。自由診療でも、完全なフリーハンドでよいわけではない。医療法は「医療の安全」「医療を受ける者の利益の保護」「良質かつ適切な医療の提供」を掲げている。

 患者側の選択能力、医療への信頼、社会に与える影響を考えれば、市場原理だけにゆだねるのはまずい。細胞医療以外の実験的医療、生殖医療、美容医療などにも一定の歯止めを考えるべきだ。

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