続 記者の視点(25)  PDF

続 記者の視点(25)

憲法を13条から論じよう

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 憲法論議というと「9条」に関心が集まることが多い。平和主義はたしかに、戦争の惨禍の反省に立った戦後日本の原点に違いない。

 だが、9条ばかりを重視した議論は発展性に欠ける。基本的人権の保障、そして国家権力を縛る制限規範という憲法体系の核心が、国民の間で十分に認識されないまま、掘り崩されるおそれがある。

 自民党・日本維新の会・みんなの党・民主党の一部は改憲を指向している。今夏の参院選の結果しだいで憲法改正が政治日程にのぼる。当面は改憲発議の要件(96条)の緩和に的を絞っているが、それを突破口に全面改憲をめざすのが本音だろう。

 自民党が昨年4月に決定した「日本国憲法改正草案」を読むと、彼らがどんな社会を欲しているか、よくわかる。

 まず目につく大きな変更点は、国防軍の創設、自衛権発動の肯定、首相による緊急事態宣言といった条項だ。

 さらに天皇の元首化(象徴制は維持)、内閣から天皇への「助言」を「進言」に変えるなど、天皇を上位者に表現する条項も多い。元号の制定、領土と資源の保全義務、家族の尊重、外国人参政権の否定、公務員の労働基本権の制限といったイデオロギー的・政策的な条項もある。

 もっと気になるのは、人権に関する条項だ。

 国民の自由と権利のあり方を定めた12条は、「国民の責務」という見出しに変え、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と追加する。

 個人の尊重と幸福追求権を定めた13条では、「個」を削除して「人として尊重」に変え、「公共の福祉に反しない限り」という表現も、「公益及び公の秩序に反しない限り」に変更する。

 表現・結社の自由を保障する21条には「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、それを目的とした結社をすることは認められない」という規制を加える。

 国旗・国歌の尊重、憲法の尊重を国民に義務づけ、国防軍の任務にも「公の秩序を維持する活動」を盛り込む。

 「公益」「公の秩序」のオンパレードである。国家の横暴を防ぐという憲法の根本的な性格(立憲主義)は大きく変わり、国民を従わせるための憲法に近づくだろう。

 憲法にプライバシー権、環境権、犯罪被害者の人権などを加えよという人もいるが、それらは今の憲法の解釈でも可能だし、本当に大切なら個別の立法をすればよい。

 肝心なのは「人間と国家の関係」だ。現在の憲法でいちばん大切なのは、13条(個人の尊厳)だと筆者は考えている。一人ひとりを大切にする。それが、法の下の平等の根源になるし、他の人権の保障にもつながる。誰もが平等な参政権を持つ民主主義の土台になる考え方でもある。

 私たちはどんな価値を大切にするのか、もし変えるならどんな方向か。主権と人権を血肉化させるためにも、憲法全体を深める論議をしよう。

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