続 記者の視点(23)
保護基準の引き下げは乱暴だ
生存権=最低限度の生活の保障が「権利」であることを軽く見ているのではないか。
安倍政権は生活保護制度のうち、生活扶助の総額を参院選後の今年8月から3年かけて7・3%(740億円)ダウンさせるという。
保護基準を引き下げた場合の影響は大きい。現に保護を受けている世帯の収入が減るだけでは済まない。
まず、ラインが下がると保護の対象になる世帯が減る。勤労や年金などの収入があって、今まで保護を受けられた世帯が受けられなくなる。
保護を受けていない人々にも影響は及ぶ。保護基準は就学援助の対象基準、最低賃金の設定に連動している。さらに自治体によっては住民税の非課税基準、国民健康保険料の独自減免基準などにも連動する。低所得者向けの医療・福祉・教育制度を利用できる世帯が減ってしまうのだ。
引き下げ方針は、自民党が総選挙公約に掲げた「保護費の10%削減」に沿った政治的判断であり、根拠が薄弱だ。
専門家による検証を進めてきた厚労省の社会保障審議会生活保護基準部会が1月18日にまとめた報告書も、「引き下げるべきだ」とは書いていない。むしろ引き下げには慎重な姿勢を示している。
基準部会は、国民のうち所得の少ない1割の層の消費実態と、保護基準を比較した。その結果、子どものいる世帯では保護基準が高めだが、高齢単身世帯では低かった。
受給できるのに受けていない漏給世帯が膨大な中で、この比較方法には疑問があるうえ、単身世帯も含めて全般に基準を下げるという政府の方針は、報告書とも合わない。子どものいる世帯ほど生活扶助の給付基準を下げるのも、貧困の連鎖防止に逆行する。
厚労省はデフレによる物価下落を理由に挙げるが、最低生活費ベースの物価動向をきちんと分析してはいない。インフレ誘導政策や電力料金値上げへの考慮もない。
また政府は、勤労控除のうち特別控除(就労時の臨時的な必要経費相当額を収入認定から除外)、期末一時扶助費(年末年始の臨時的需要向け給付)も廃止するという。勤労控除の縮小は、就労促進という政策の方向に反する。
そもそも最低生活保障は権利であって、政府の自由な裁量で保護基準を決めてよいわけではなく、それなりの合理的な根拠が必要だろう。安易に引き下げると各地で訴訟が起きるのではないか。
この間、自民党を中心とした政治家には、貧困を個人の怠惰とみなす態度が目立ち、生活保護を恥と思えという暴論さえ横行している。福祉政策の基礎知識、福祉マインドがあまりにも欠けている。
英国で1834年に制定された「新救貧法」は、それまでの施策を逆行させ、貧民救済は最下層の労働者より劣る水準で行う「劣等処遇」の原則を定めた。これに対し、20世紀初めにナショナルミニマム(最低生活保障)の主張が登場し、第2次大戦を経て、その考え方が先進国で共有されるようになった。日本でも生活保護法がつくられた。
今の政治家の言動に見え隠れするのは、生活困窮者をいじめる劣等処遇の発想だ。1世紀以上も時代をさかのぼった議論をしないといけないのは、先進国として情けない。