続 記者の視点(7)/読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
人の違うを怒らざれ
〈和を以て貴しとなす〉聖徳太子が作ったとされる十七条憲法の冒頭を飾る有名なフレーズである。
日本人の社会生活のモットーとして真っ先に思い浮かべる言葉かもしれない。何につけても、角が立たないよう、仲良くすることを最優先しなさい、と理解している人が多いと思う。
もちろん仲良くできたらそれにこしたことはないのだが、この言葉は、自由な意見表明を遠慮させる雰囲気を醸しだし、日本社会に根強い同調圧力の一因になってきた気がする。
各種の組織で、上司の意向や大勢の流れに異を唱えようとした時、他人の意見を批判したい時、〈和を以て〉が頭をよぎった経験はないだろうか。それは「空気を読め」「長い物に巻かれろ」「出るクイは打たれる」という風潮にもつながっているのではなかろうか。
だが、聖徳太子はけっして「仲良く」ばかりを強調したわけではない。
十七条憲法は国家制度を定めたものではなく、公務員への訓示集のような内容で、「わいろや供応を受けずに正しく裁判せよ」「権限を乱用してはならない」「役人は朝早くから夕方遅くまでしっかり働け」といった注文が並んでいる。
第10条にはこうある。〈人の違(たが)うを怒らざれ。人みな心あり、心おのおの執るところあり〉(ほかの人が自分と違ったことをしても怒ってはいけない。人それぞれに考えがあるのだ)
そして最後の第17条。〈それ事は独り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし〉(ものごとはひとりで判断してはいけない。かならずみんなで論議しよう)
全体を見れば、大事なことはしっかり議論しよう、意見が違っても腹を立てるな、いさかうなと呼びかけている。つまり「違いを認めた上での和」を求めているわけで、同調圧力をむしろ批判する立場なのだ。
こういう思想が行き渡れば、風通しがよくなるのだが、長年かけて形成された日本社会のありようを変えるのは簡単ではない。意識的な工夫が必要だ。
医療機関の場合、診断や治療をチームで適切に進めるには、遠慮のない意見交換が欠かせない。
まして医療事故の調査はそうだ。同じ職場にいる人の問題点を指摘するのは、上下関係でなくても勇気がいる。後々の人間関係を考えて発言を控えがちになったら、真相にも的確な教訓にもたどりつけない。
だから第三者主体の調査が望ましいし、院内調査でも、しっかりした外部メンバーが複数ほしい。組織外という立場だけでもかなり物を言いやすくなるからだ。
このほか倫理委員会はもちろん、業務の改善なども、外部からの参加があれば、違う視点が加わり、議論を活性化する手段になる。できれば患者代表も入るといい。
そして、いろんな会議を始める時は「人の違うを怒らざれ」と、みんなで唱えてみてはどうだろう。