第64回定期総会(第181回定時代議員会合併)情勢報告
政策部会担当 副理事長 垣田さち子
7月31日に開催された京都府保険医協会の第64回定期総会(第181回定時代議員会合併)には、事前に議案書をお送りしているが、今回の「情勢報告」に関しては、最新の情勢も踏まえて当日配布としたので、本号において掲載する。
はじめに−大震災が明らかにしたこと
2011年3月11日の東日本大震災がもたらした惨禍は、地域での住民の支え合いや医師の役割をあらためて明らかにした。同時に、進まない復興や原発事故処理の現実は、「国の役割」がいかに重要であるかを物語っている。構造改革(新自由主義改革)の一環である「地域主権改革」は、「小さな政府」の掛け声の下、本来国の責務である生命・健康を守る仕事を地方に移譲し、加えて地方財政を痛めつけた。同時に、医療・社会保障分野の諸制度も、構造改革による著しい機能低下に陥っていることも明白となった。そうして疲弊した地方へ津波は襲いかかったのである。
国は、震災が露わにした事実を受け止め、そのあり方を考え直す契機とすべきである。
しかし、今、国はむしろ逆方向に進みつつある。今日、私たちは医師の団体として、その誤った道への警鐘を打ち鳴らすべき情勢となっている。
1、大震災を契機に強化される構造改革路線
東日本大震災復興構想会議(議長:五百旗頭真防衛大学校校長)は、「復興への提言〜悲惨の中の希望〜」(2011年6月25日)をまとめた。提言は参考にすべき視点も含んでいるが、全体を通じて復興策を新たな経済成長の糧にとの思惑に支配された内容となっている。
その議論経過では、主に経済界の委員がその狙いをあけすけに語った。農業・水産業について「利益をあげる仕組みに構造転換するチャンス」※1、震災がグローバル競争の足枷にならぬよう新成長戦略加速やTPP(環太平洋戦略的経済協定)交渉参加検討を急ぐべき。復興財源のあり方とあわせて社会保障と税・財政一体改革を※2、等の発言には、「復興を構造改革推進の梃子に」という、財界の思惑が赤裸々である。特に漁業復興を口実に、グローバル競争に対応し得る、漁協の再編・大規模法人化と企業参入を狙う「水産業復興特区」提案はその象徴と言えよう※3。こうした震災復興を梃子にした構造改革推進は、国の基本路線となりつつある。その路線は各部面で推進されつつあり、医療・社会保障も例外ではない。
2、社会保障と税の一体改革
政府・与党社会保障改革検討本部の「社会保障・税の一体改革成案」(6月30日)にも、それは色濃く滲む。政府・財界は「一体改革」に次の意図を込めている。(1)社会保障への公的負担部分の削減、(2)それでも増大し続ける経費に対し、不可避である国の負担増を、法人税引き上げや富裕層増税でなく、消費税中心に賄う税財政構造の確立である。
ここで「一体改革」構想の経過を振り返っておきたい。「増税なき財政再建」を掲げた小泉内閣の急進的な構造改革は、社会保障給付に対しても凄まじい抑制策を行った。これは著しい制度の機能低下をもたらし、「痛み」のあまりの強さへの怒りが広がった。そこで次に登場した福田内閣は「社会保障国民会議」を立ち上げ、国民の願いである社会保障機能強化を前面に、その財源を「消費税増税」に求めた。続く麻生内閣の「安心社会実現会議」に至る経過は、わが国の構造改革推進を「急進」から漸進に切り替えるものだった。これに対し、政権交代で誕生した民主党中心の政権は、同じく社会保障機能強化を掲げたが、その財源を増税ではなく「事業仕分け」が象徴する「行政のムダを省く」=「効率化」対策に求めた。しかし、その方針では十分な財源確保ができず、事実上破綻した。
今回の一体改革成案は民主党政権にとって、そうした経過を受けて策定されるべきものだった。従ってその方向性は、機能強化と増税を一体的に進める、社会保障国民会議への回帰だったと言える※4。しかし、そこへ今回の震災が襲いかかった。「復興財源」と結び付けた消費税増税論が浮上する中、一体改革論議は急ピッチで進められ、今回の成案へと至った。
まとめられた成案は、全体としては社会保障の機能強化と消費税引き上げ提案を一体的に行う内容となった。但し、一方で復興財源の問題を抱えることから、消費税の「社会保障目的税化」の現実性、あるいは、引き上げ幅を5%に止めたことで得られる財源の限界が予測される中での成案決定作業となった。
その結果、「成案」は、「重点化」(機能強化)に必要な財源を「効率化」(抑制)によって捻出する提案と、消費税引き上げで賄って純然たる「充実」を目指す2タイプの提案が、政策対象別にメニュー化されて盛り込まれるものとなった※5。
具体的には、個別項目を見れば、評価すべき内容もある。「医療介護従事者のマンパワー増強」「被用者保険適用拡大」「高額療養費の見直し」「国保の低所得者保険料軽減」等の提案は推進すべきものである。しかし、マンパワー増強の引き換えには「平均在院日数減少等」が、「高額療養費の見直し」は「受診時定額負担」が組み合わされているように、いずれも社会保障機能強化に逆行するメニューが組み合わされている。
ここには、現政権の持つ2つの基本的な問題点が現れている。
一つに、あるべき「社会保障制度像」の不在である。医療・介護従事者増員は打ち出しても、患者・国民の求める提供体制ビジョンがない。逆に必要な医療を遠ざける施策が組み合わされている。これでは機能強化策が実際には機能強化につながらない。
二つは、社会保障機能強化にふさわしい財源論の不在である。本来誰の責任で社会保障はなされるべきか。また、国民の苦難をよそに利潤を肥やし続ける大資本の社会保障制度への財政責任を問う視点がない。
このことは、社会保障とは「自立」を支える「社会基盤整備」と述べ、社会保障本来の意義を矮小化した定義を行った、成案冒頭の文章に、もっとも如実に表れている。社会保障機能強化を目指すはずの改革が、結果として構造改革路線の推進策にしかなり得ないのは、そこに現政権の抱える「限界」があるためと言わざるを得ない。
3、福島第一原発事故と国民の生命
今回の福島第一原発事故は、国策として進めてきた原子力一辺倒のエネルギー政策の決定的破綻である。菅首相は歴代首相のうち初めて「脱原発」を公言した。重要な決断だが、それに至るまでの犠牲があまりに大きかった。
原子力産業が地域経済の礎となっていた地域では、生活基盤は根こそぎ奪い取られた。
医師団体としてより深刻に受け止めるのは健康被害の問題である。被曝による健康被害は急性被曝だけではない。体内に取り込まれた放射性物質からの被曝(内部被曝)が深刻である。「ただちに健康に影響はない」という言葉は、それを無視している。身体内に入った放射性物質は、内側からその機能を破壊する。その健康障害に対し、現在の医療は有効な治療法を持ち得ない。とりわけ子どもたち、孫たちを新たな被曝から守るために何ができるか、被曝した住民への医療ケアとは、国に対して求めるべきことは何か、私たち医師もその検討を求められている。
4、当面の構造改革推進体制として「大連立」を選択
内閣不信任案不発騒動に見られた政争の背景には、当面の構造改革推進体制についての国・財界の思惑が絡み合っている。構造改革推進派は震災を絶好のチャンスと捉え、新自由主義改革達成の機会と捉えている。それに対し、国民の支持はおろか、党内の支持も失った菅首相ではチャンスを生かせない。そこで、「菅降ろし」が強硬に進められている。菅首相退陣後に構想されるのが「大連立」であろう。元来、自民党も民主党も「構造改革推進勢力」であることに違いはない。にもかかわらず、衆・参の「ねじれ」がある現状は、安定的な構造改革推進体制としてふさわしくない。そこで、当面の策として「大連立」が志向されているのだと考えられる。構造改革推進の体制作りであるこの動きを止めさせる必要がある。
5、医師団体に求められる課題
今日の情勢が私たち医師団体に問う課題は大きい。
第一に、「震災復興は構造改革推進のチャンス」との思惑に対し、国民・医療者の側から、わが国の将来像を構造改革路線に対抗して、「新しい福祉国家」として打ち出し、その実現を目指す運動に取り組む必要がある。その理念のもと、地域医療や地域包括ケアシステム等、山積する課題を現場の視点から一つずつ丁寧に掘り下げ、実践と提言を積み重ねる必要がある。そのめざすべき方向と理念を指し示すものとしての「社会保障基本法」を国民の合意にしていく運動が今こそ必要である。また、当面する「大連立」構想を国民と手を結び止めさせることも必要である。
第二に、被災地復興の主体者は被災者自身であり、徹底した住民視点での復興構想の必要性を訴え続けることである。
第三に、原発事故をめぐって、経済的被害への補償、脱原発・自然エネルギーへの積極的提起と同時に、医師として、国に内部被曝の現実を把握させ、すべての被曝者に必要な医療ケアと補償がなされるよう、国による永続的な健康調査の実現を求めることである。また、京都府の防災体制、とりわけ災害時の医療体制のあり方の検討も急がれる課題である。
2011年度が、この国に暮らすすべての人々の生命と健康が尊ばれる社会の実現に向けた第一歩を刻む年となるよう、会員各位のご理解と保険医運動への積極的参加を呼びかける。
※1 2011年4月14日 第1回東日本大震災復興構想会議議事要旨より
※2 2011年4月30日 第3回東日本大震災復興構想会議議事要旨より 岩佐弘道(社)日本経済団体連合会副会長発言
※3 この構想は経済同友会が復興構想に先んじて示した「新しい東北、新しい日本創成のための5つの視点」(2011年6月8日)に盛り込まれた。同様の構想を宮城県知事が国に提起したことを受け、宮城県漁業協同組合が署名運動を展開し、1万3949人の分の署名を提出(2011年6月21日)する等、怒りが全国の漁業者に広がっている。
※4 かつて社会保障国民会議で指揮をとった与謝野氏の起用もこのことと深く関わっている。
※5 下記「社会保障改革の具体策、工程及び費用試算」(医療・介護部分のみ抜粋)をご覧いただきたい。
社会保障・税一体改革成案より「社会保障改革の具体策、工程及び費用試算」
医療・介護部分のみ抜粋(メディペーパー京都第145号に全文掲載)。情勢報告とあわせてご覧下さい。